「いた、がくぽ!」
植込みを掻き分け、どこか必死な表情のカイトが姿を現す。
第二校舎の裏庭、校舎と植込みの際にできた小さな隙間は、がくぽお気に入りの隠れ処だ。
しかしもちろん、『問題児』であるがくぽのことを預かり、日々面倒事に対処するカイトには筒抜け。
まいん・どくとる
「なん……」
用聞きをしようとしたがくぽの前にへちゃんと座ったカイトは、そのまま顔を近づけてきた。
思わず引いたがくぽにも構わずに、膝に乗り上がるほどに身を乗り出すと、額と額をこつんと合わせる。
「ん、…………へーねつ。……かな」
「なんっ、?!」
慌てて首を振ってカイトから逃げたがくぽに、今度は両手が伸びる。
がくぽの目の下に指を当てたカイトは、躊躇いもなくぴっと皮膚を下ろし、『あかんべ』をさせた。
「ん、まっしろ!………もー…女の子じゃあるまいし…………朝ごはん、ちゃんと食べないから……」
「止めろ!」
瞳を険しくして手を振り払ったがくぽに、しかしカイトはめげない。
どころかますます真剣な顔になって、がくぽににじり寄った。
「いいから!がくぽ、口開けて舌出して、『あー』って言って!」
「おまえはいつから医者になった?!」
やりたいことが健康診断だとはわかったが、それを思いついた理由がわからない。
拒絶を叫ぶがくぽの両頬をがっしりと挟みこむと、カイトは遊びではない必死な色を浮かべ、見据えてきた。
「がくぽ!」
「………」
必死な表情にそれ以上逆らえず、がくぽは小さく口を開くと、舌を出す。さすがに、『あー』とは言わない。
その舌に、カイトはぱくりと食いついた。
「?!」
「んっ。…………さすがに、味がちがうかどーかは、わかんないな………日常的にお味見してないし」
とろりと舌を絡めて離れたカイトはくちびるを舐めつつ、生真面目な顔でつぶやく。
――が。
「カイト!!」
叫んだがくぽに、カイトは半ば膝に乗り上げたまま、唐突な健康診断の理由を生真面目に吐き出した。
「がくぽが、乱闘しないで逃げたって聞いた。絡まれて、すわ乱闘かってとこまで行ったのに、逃げたって」
そこまで言うと、カイトはさらにがくぽへと身を乗り出した。瞳がうるるん、と潤む。
「ぜっったい、熱あるか、具合悪いか、さもなければ風邪引いてるんだよ、がくぽ!乱闘しないで逃げるとか!」
どこまでも真剣に、告げられた。
からかう素振りもなく、悪ノリしているのでもなく、どこまでもどこまでも真剣――
「人をなんだと思っているんだ、おまえは?!」
あまりと言えばあまりなことに悲鳴のように叫んだがくぽを、カイトは臆することなく睨んだ。
「どの口がそういうこと言うの?!」
確かに――概ね、言えた義理ではない。
そこで反論しても仕様がないので、がくぽはため息をつき、さりげなく手を回すと、カイトの体を膝に抱え上げた。
「忘れたのか?おまえが言ったんだろうが……。――『乱闘しなかったら、俺のこと一日好きにさせてあげる☆』と」
「………」
きょとんと瞳を瞬かせ、数秒。
カイトのくちびるはほんのりとした笑みを刷き、膝に乗せられた体は、がくぽへとしなだれかかった。
「そんなに、好きにしたいんだ……俺のこと?………いいよ、ちゃんと証人もいるし………好きにして?」
甘くささやくカイトの蠱惑的な笑みと声に、がくぽはこくりと咽喉を鳴らすと、うっそりと笑った。
「我慢の甲斐はある――」