「あー、会長。珍しく本なんか読んでると思ったら、わんこの躾本なんだー」
「うん、そう」
ひょこんと目の前にしゃがみ込んだミクをちらりと見たカイトは、すぐに広げた本へと視線を戻した。
Stay Here
いつになく厳しい目つきで、犬の躾について書かれた本のページをめくっているカイトだ。
「もうね、ほんと真剣にうちのわんこに、『待て』を覚えさせようと思って」
「へー………」
適当に頷き、ミクはちょこりと首を傾げた。しゃがみ込んだままひょいと片手を挙げ、カイトを指差す。
正確に言うと、カイトの上に伸し掛かっている『もの』を。
「かいちょーの躾待ち『わんこ』って、今、上に乗っかってる、それ?」
「それ」
「ぐるるるる」
「んっ、ちょっ、ぃっ!も、おとなしくするっ、がくぽ!!」
どこから出しているのか不明な唸り声を上げてカイトの肩に咬みついたのは、わんこもとい、がくぽだ。
「ぁー…………ははははは………」
ミクは微妙な表情で、力なく笑った。
所は生徒会室だ。
その床に、生徒会長が押し倒されている。いや、押し潰されている。
床にうつぶせに転がるカイトの上にがくぽが乗り、上半身の制服を半ば剥いた状態で、がぶがぶと肩に牙を立てていた。
いったいなにをして、そうも機嫌を損ねたものか。
――というか、人間だ。そして生徒会室だ。
「ちょっと『待て』って言ったらもぉ、ゴキゲンナナメること!このザマだよ!お手もおかわりもたっちも、おまわりだって覚えたのに!『待て』だけは、全っ然まったく!覚えようとしないんだから!」
がくぽに押し潰されながらもページをめくり、カイトは憤然と吐き出す。
ミクはさらに微妙な表情で笑った。
「あー、うん。さすがは、かいちょーのわんこ………そんなに覚えられるなんて、あたまいーんだね………おりこーさんだね……」
「そうだよ!」
本から顔を上げず、しかしカイトはきっぱり言い切る。
「俺のわんこは、すっごく頭が良くって、ゆーしゅーなんだから!『待て』だって、教え方さえ工夫したら、絶対に出来るように……っひゃんっ、がくぽ!ちくびはめっ!」
「がるるるる」
「もぉ、この子はっ!!」
「うんまあなんていうか」
床の上でくんずほぐれつしだしたカイトとがくぽに呆れたまま、ミクは立ち上がった。
ぱん、と一度スカートを叩いて形を整え、生徒会室隣、資料室への扉をびしっと指差す。
「とりあえず、わんこ連れて資料室に行ってくれない、会長?そこでだったら存分に、躾でも曲芸の仕込みでもなんでも、やってくれて構わないから!ここ生徒会室、一般生徒も来るんだよ!」
「りょーかぃっ!」
がくぽの頭を鷲掴みして動きを止めたカイトは、呆れた顔で見下ろすミクへ、反対の手を軽く上げた。
「あとごめんねっ、ミク!しゃがんだとき、ぱんつ見ちゃった!みどりとしろのしましま!!」