テスト週間最終日の放課後――といえば、一年に数回、生徒たちがもっとも解放感に溢れる瞬間だ。
カイトもまた御多分に漏れず、当社比六割増し程度にきらきらと輝いていた。
タペストリア・アーラクィネア
「俺、ちゃんと全部のテスト、受けたよ!ごほーびちょうだい、がくぽっ!!」
「ほーーーーーーーーうっ!」
――きらっきらに愛らしく強請られたがくぽといえば、とても長い感嘆符だけで応えた。
ところは生徒会室だ。
最終日とはいえテスト週間扱いで活動休止中の生徒会室にいるのは、がくぽとカイトのふたりきりだった――が、浮かれるカイトと対照的に、がくぽのほうに恋人らしい、甘い空気がない。
椅子の背にずるりと沈むように凭れて座る姿勢といい、向ける怠そうに眇めた瞳といい、無邪気におねだりする生徒会長に対して思うことがあると、あからさまだ。
否、そう、生徒会長だ。
カイトは生徒会長であり、がくぽはその生徒会長に目付をされている、素行不良の問題児だ。
「問題は解いたのか?」
問題児のすげない問いも、生徒会長をへこませることはなかった。むしろきらきらが、さらにスパークした。もはや目も潰さんばかりだ。
「答案用紙は全部埋めたよ!」
「ほーーーーーーーーーうっ!」
得意満面威風堂々、自信に満ちたお答えに、がくぽは再び、長いながい感嘆だけで応えた。
だから生徒会長だ、カイトは。生徒の模範、規範となるべき役職にあり、たかがテストを受けた程度、たかが答案用紙を埋めた程度で――
とても偉そうに『ご褒美』を強請れてしまえるのがカイトで、カイトの成績というものだった。
少なくともカイトを生徒会長に押し上げたのは学業成績の結果ではないし、学業成績の良し悪しと人格の良し悪しと、もしくは陰謀や謀略を成功させる頭と行動力を持つことは、まったく別ものらしいという――
「まあ、いい」
諸々の逆転を飲みこみ、がくぽはうっすらと笑った。
カイトが強請る『ご褒美』は、イコールでがくぽにとっても『ご褒美』だ。拒む理由はない。
なによりがくぽは正しく『問題児』であり、正しく『テストを受けてやった』と恩を着せていい側でもある。
がくぽはだれていた体を素早く起こすと、机を挟んで向かい合うカイトへ手を伸ばした。髪を掻き上げるふりでこめかみをくすぐり、笑って捩った顎を掴んで引き寄せる。
「ふぁ、がくぽぉ……」
狙うくちびるがこぼす声が、すでに甘い。がくぽの刻む笑みは、ますます深くなった。
「肝心のテストの結果が、まだ出ていないんだがな……」
特別にやるさと、言い訳めいた恩着せとともに与えるがくぽの『ご褒美』に、触れたくちびるが笑った。
「なんだ」
「いや、だってさ、がくぽ……」
わずかに離れて訊いたがくぽに、カイトはさもおかしそうに答えた。
「いくら俺だって、結果が出ちゃったらもう、『ごほうびちょうだいv』とか、あんまり図々しすぎて言い出せないし。だからむしろ、『今』でしょ?」
「………あ?」
悪びれもしないで発せられた言葉の、しかしその真意だ。
「ぁあ……?!」
あまりにあまりで、さすがにがくぽも絶句した。
そうして固まるくちびるには、笑いほどけるカイトのくちびるが押しつけられ、――
学業成績などでは測りきれない能力を誇る生徒会長はいとも易々と、問題児からのまっとうな反論とお説教という二重苦を封じこめることに成功してみせた。