生徒会室に足を踏み入れたがくぽは、すぐさま眉をひそめた。不快さを隠しもせず、吐き出す。
「胸やけがするな!」
ココデナタデココ
いちごミルクにバナナミルク、メロンミルクに、昔懐かしいコーヒー牛乳――
盛大に顔をしかめるがくぽの視線の先、本来なら書類が散らばるはずの机の上を占領するのは、紙パック飲料だ。メーカや風味はばらばらだが、とにかく甘味料が大量に突っこまれていることだけは共通点の、非常に甘い。
もうひとつ言うなら、散らばるそのほとんどが、飲み干されて空のパックだ。
「んーーー?」
不機嫌そのものといった風情のがくぽだったが、罵られた方――この大量の空の紙パックをほぼ数分で製造もとい、飲み干した側のカイトの反応といえば、あまり振るわなかった。
罵りながらもいつものごとく、机を挟んで目の前の席に来たがくぽをちらりと見て、鼻を鳴らしただけだった。それもストローでちゅるちゅると、アイスココアを啜りながら、だ。
多少の間を空け、カイトはストローを口に咥えたままという、『お上品な』格好でつぶやいた。
「ああ、そっか。甘いものキライなんだっけ、がくぽ」
「いいか、量より質だ、会長。良質な糖分であっても過ぎれば毒というのに、ましてやこういった、安いだけの人工甘味料ともなれば……」
「ん゛……」
自分の弱みについては深く言及せず、さらりと論点を逸らして説教したがくぽに、カイトはきゅっと眉をひそめた。ちゅるるるると勢いよく、ココアを啜る。
小さな紙パックだ。
啜る音はすぐさま終わりを示すぢゅるるるという濁り音に変わり、ごくりと音を立て、咽喉が動いた。
空になっても、カイトは口からストローを抜き出さない。先にも劣らぬ『お上品』さで、咥えたままのストローを基点に、軽くなった紙パックを振り回す。
そうやりながら、カイトはうんざりしたように椅子の背に凭れた。
「それなんだよね、がくぽくん。イライラしたときは甘いものとか言うからさ、とりあえず甘いものを飲んでみたじゃない。したらばなんか、今ひとつぱっとする味がないとかでさ。じゃあヤケムキで数を重ねたらどうよってヤってみたら、腹がちゃぷちゃぷになるだけでさらに不愉快が増すだけじゃないのよっていう、んっ」
「だから量より質で、限度だ、会長」
がくぽはつけつけとくり返しつつ、カイトの口からストローを抜き出し、空の紙パックを取り上げた。
同時に素早く身を屈め、抜かれたストローを追って反射で尖ったカイトのくちびるに、くちびるを掠めさせる。
「がく、ん、んっ………っ!」
驚きに開いたカイトのくちびるに、がくぽはさらに深くくちびるを重ねた。だけでなく、多種類の人工甘味料にまみれてどろりとねば甘い口内にも、丹念に舌を這わせる。
「く、ふぁ……っ、ん、がく……」
「ああくそ、甘い……っ」
「ぇー………」
――頼まれもしないのに舌までねじこむキスをしておいて、くちびるを離した第一声が、罵倒だ。
椅子に座っていることすら、ひとりでは危うい状態にまでされたカイトだが、それでも呆れた目でがくぽを見た。
がくぽは構うことなく、再びカイトへ顔を寄せる。濡れるくちびるを、懲りもせずにべろりと舐めた。
「んっ……っ、ぁ、はぁ……っ」
尖る感覚を煽られたカイトは、びくりと竦む。背筋が粟立ち、体が勝手にぶるりと震えた。
その様子に、がくぽはようやく笑う。
昂ぶるものを鎮めるように己のくちびるを舐めると、しらりと説いた。
「いいか、量より質だ、会長。むしゃくしゃして甘いものが欲しいというなら、俺が最高にキくやつをやる――少なくともこちらのほうが、こんなものをがぶ飲みするより余程に健康的で、体にいいぞ?」