キリハラ
ノートを見つめたまましばらく考えこんでいたカイトだが、やがてかりかりかりとシャーペンを走らせ始めた。そのまま、隣に座るがくぽへ視線を向けることなく、つぶやく。
「なんかさ、よく考えたんだけど………俺、がくぽのこと、好きかもしれない」
「――は?」
テスト前でもない今の時期、しかも天気がいいとまでなれば、昼休みの学習室になど、まるでひと気がない。静まり返った室内ではペンの音すら高く響くし、まして隣に座る相手なら、つぶやきとても聞き落としようがない。
ただし、聞こえることと理解が及ぶことは、また別だ。理解するに、アタマのデキの良し悪しも、また。
「なに?」
不機嫌な、どこか威嚇するのに似た調子で問い返した学年トップスリーの頭脳に、やはりカイトは顔を向けない。首を傾げかしげ、ペンもたまに止めて、与えられた問題と懸命に格闘している。
いかにもまじめそうに取り組みながら、けれど口だけ、言葉だけはがくぽへ向かう。
「だから、さ?なんだろう。友情とかそういうのじゃなくて………いわば、コイだのアイだの?性欲込みな感じの方向性で、たぶん俺、がくぽのこと、好きかもしれないなーって」
――首を傾げて悩み、ペンが止まるのはつまり、雑念が多くて集中しきれていないからではないか、と。
静かな室内、心臓が痛むほどの音量で聞こえるあえかなつぶやきに、がくぽはこれ以上なく顔をしかめた。
とはいえ、こと『これ』に関しての答えなら、もはや考えるまでもない。すでに結論は出ている。がくぽに迷いはない。
非常な努力でもって自らのくちびるをこじ開け、がくぽははあと、これみよがしなため息をこぼした。
「却下だ」
ほとんど冷徹に告げたがくぽに、かりりと、ペンが滑る音が続いた。そして、止まる。
カイトがようやくノートから顔を上げ、がくぽを見た。きょとん、ぱちくりと――
ひどくいたいけな、幼じみたしぐさで瞳を瞬かせ、カイトは無垢な表情をがくぽへ返した。
「あれ?俺、フラれた?」
「覚悟が甘いと言っている」
「ぅん?」
無垢な表情に相応しい、無邪気な声音でこぼされた疑問へ、がくぽは懸命に口の端を上げ、嗤った。
「『たぶん』?『かもしれない』?――『よく考えた』うえで、それか?その程度か」
声音だけでなく、表情から態度のすべてまで冷徹に、冷厳に、がくぽはいっそ凍傷を起こしそうな灼熱を吐きだした。
「そんな程度の覚悟で、無事に済むと思うなよ。俺が無事に済ませてやると思うな。いつ逃げるか知れない、おまえがそんな程度の覚悟であるなら、俺は確実に逃げ道を塞ぐため、おまえを壊す」
きょとん、ぱちくりと――
今すぐにも『こわし』にかかりそうな気配を圧しつけるがくぽと、ひたすら無邪気に見合うこと、しばらく。
カイトはこっくりと、神妙な風情で頷いた。
「ん、わかった。まあ、想定内かつ、減点ありありだけど。君、ほんとに俺のことアイシテルよね、がくぽ」
「――っ」
なにをと喰らい返そうして、がくぽは眼前に突きつけられたノートに視界諸共言葉を塞がれ、口を噤んだ。反射の目視で採点を済ませ、思わず舌打ちをこぼす。
満点だ。ひとつのミスもない。
常には必ずひとつふたつミスをして、滅多に『ハナマル』など与えさせてくれないくせに、こういうときに限って――
ノートの端からちらりと窺った『想いびと』といえば、おっとりとした笑みを浮かべ、がくぽを見つめていた。
うららかな昼下がりに相応しい、至福に満ち満ちて溢れこぼれた光のような、笑み――