メルリ・クルリ・ウルス

がくぽの答えを聞いたカイトは、瞳を大きく見開き、次いでぱちぱちと瞬かせた。完全に、理解が追いついていない顔だ。

その、追いつかない理解を、なんとか追いつかせようとしてのことだろう。カイトは周囲へさっと、視線を巡らせた。ぐるり巡らせて、目の前に立つがくぽへ戻し、――

結局、理解が追いつくことはなかったようだ。

カイトはどこか諦めたように、へらりと笑った。

「うーーーんえっと……もいっかい、確認するけどつまり、今回のご乱闘の原因は、がくぽ『が』ケンカを売ったら、相手『が』買ったからです、とつまり………つまり、ケンカを売ったのは、お相手さんではなくがくぽのほうで、ご購入された『お客さん』は、がくぽではなく、お相手さん」

「そうだ」

逆にややこしい言いようになっている気がすると、がくぽは完全に他人事で頷いた。

しらりとしているというのとは、違う。そらっとぼけているとか、誤魔化そうとしているというのとは。

ただ、『他人事』なのだ。たとえば今、自らの拳が痛んで、腹や背にも打撲や打ち身の痛みがあって、それでも。

対するカイトといえば、ほとんど初めの衝撃をくり返した。瞳を大きく見開き、次いでぱちぱちぱちと瞬かせ、周囲をぐるり、見回す――

河原だ。上を片側二車線の道路が通る、若干広めの橋の下。

わずかに暗いそこに累々と横たわるのは、がくぽにケンカを売られ、買ったお相手の方々――

あえかに呻き声が聞こえるからとりあえず命はあると思うが、『チクショー、おぼえてろよぉっ』的なことを言い捨てて脱兎のごとくに逃げ去るという余力すら与えられず、ただ転がるのが精いっぱいの面々々々々……――

「だとしたらさ、がくぽこれ――ここまでやるのって、さすがに『ぼったくり』じゃない?」

「っ!」

呆れたように吐きだされた感想がまったく想定外のところを突いて、がくぽはまるで鳩尾でも抉られたような心地になった。

否、実にいい抉り具合だった。今、情けなく横たわるだけがせいぜいの連中の拳など、赤子と同等だ。やわいにもほどがある。

口の中に酸いものがこみ上げてくる錯覚を堪えつつ、がくぽはカイトからぷいと顔を背け、吐きだした。

「……売ったのは、喧嘩だぞ。殺したわけでもない。この程度の覚悟もなく買うほうが」

「うんそれ。まんまそっち系商売のひとの言いようだわ」

「ぐっぅ………っ」

がくぽに皆まで言わせることはなく、カイトはきっぱりと切って捨てた。判断に迷いがなく、容赦もない。

しかし少なくとも『ぐう』は返してやったと、まったく無為かつ無意味なところをよすがに、がくぽは膝をつきたい己をなんとか堪えた。

そういったふうに、どうあっても反省しないぞと足掻く問題児をちらりと確かめ、カイトはやれやれと肩を竦める。

片手をすっと伸ばすと、がくぽの胸に当てた。左胸だ。感じる鼓動は、激しい『運動』のせいかどうか、ずいぶん速い。

触れた瞬間、あえかに体を震わせたものの、がくぽはカイトの手を振り払わなかった。

たぶんこれを拳にして打ちこんだところで、カイトを相手には決して、反撃して来ない。ひたすら大人しく、痛めつけられる。

推測というより確信をもって、カイトはようやくリードを繋ぎ直した駄犬を見つめた。

「とりあえず、ね、がくぽそこの『価格設定』が適正かどうかは、ちょっとゆっくり、話し合おうか。こんなところで、こんなふうに、立ち話で済ませずに………そうだな。一回、学校に戻ろっか」

「……っ」

生徒会長のお言葉に、問題児は瞬間、物言いたげに体を震わせた。けれど結局なにも言わず、逃げもしない。

カイトは笑い、当てていた手でがくぽの胸元をちょこりとつまみ、引いた。

「言ってもまずは、保健室かな。ああ、大丈夫だよ。先生になんか、任せない。俺が丁寧に手当てして上げるから、ね?」