暮六つ日入、十七時

自分の部屋へ戻ると、カイトは床にすっと、正座した。背筋もぴしりと伸ばし、顔を上げる。

「つまりね、がくぽ――ちょっとお話、したいんだけど」

言葉こそいつものやわらかさを保っていたが、吐きだされたカイトの声には微妙な固さがあり、したいという『お話』の方向性をにおわせた。

『問題児』として日々、生徒会長の手を煩わせるがくぽではあるが、そもそも機微には敏い。

うまく隠しても刹那に嗅ぎ分けるが、隠す気もなくこうもあからさまににおわせれば、もはや『におわせ』ではない。きっぱり、最後通牒を突きつけられたも同じだ。

問題児を監督する生徒会の長にして最愛のコイビトには、がくぽに対して非常に物言いがあるのだと。

「そう、コイビト。恋人だよ、がくぽ。ここ大事。テストに出ないけど大事。ていうか社会で生きてくことのほとんどって、実際、学校のテストなんかに出ないよね。おばぁちゃんも言ってた。正直、出てきたって小学校三年生くらいまでがせいぜいじゃないかって。なので俺は学業テストをあんまり重視してない」

いつものおっとりさ加減が嘘のような、間欠泉の噴き出す瞬間のごとき勢いで、カイトは言葉を吐きだした。

ちなみにカイトの成績は、下から数えたほうが圧倒的に早い。生徒会長である。

対する問題児、がくぽの成績は、常に学年トップスリーである。それも、こういう主張をいっさいの悪びれもなくきっぱりと言ってのける生徒会長に、それを条件にいくつかの『問題』には目を瞑ってやると命じられての。

とはいえ今の本題は、そこではない。

カイトは紙一枚すら挟む隙のない、怒涛の勢いで言葉を続けた。

「その、コイビトの家にだよ、『今日、親が帰って来ないから』って言われて誘われてのこのこついてきてさそれでちょーーーっとお茶の用意しに離れた、ちょーーーっとだよほんと、ちょーーーっとのはずなんだけど!」

言ってカイトは、ぐぐぐっと拳を握った。ぐぎぎぎっと、きつく、きつく握りしめる。

「その間に、ひとの布団に勝手に潜りこんで、挙句、熟睡しちゃってるって潜りこんでもいいけどさ、いいんだけどさ、それでしたことが熟睡ってっ!!」

――そう。

過ぎるほど機微に敏く、学年トップスリーの成績も維持し続ける頭脳を持つがくぽだが、今はいっさい、なんの反応も返してこなかった。

なぜといって、寝ているからだ。それも半端でなく深々と、ぐっすり、眠りこんでいるからだ。

状況をもう一度、確認しよう――

本日、がくぽはカイトの家に遊びに来た。それも『親が帰って来ないから』という誘い文句に乗って、むしろもう犬と扱えと迫るほど盲愛する恋人からの、願ってもない誘い文句に乗って。

来て、およそ十分後には熟睡していたという。

確かに今、カイトは結構なひそひそ声ではあった。しかし勢いは勢いとして、あったのだ。

が、これだ。

起きない。

ぴくりともしない。もういっそ、無垢なほどの様子でぐっすりすやすやすやすやすやすや――

「あぁあーーー、もう…………っ」

腹の底からこみ上げるものを吐きだして、カイトは正座していた足を崩した。伸ばしていた背筋も撓み、がくぽが眠りこむベッドへ、べたりと懐く。

「かわいい………………天使。がくぽ天使。俺のベッド勝手に潜った挙句、秒でこんな熟睡しちゃうとか………もうほんとこの子、かわいすぎ。どうしよう」

――盲愛してくれる恋人相手にも見せ難いほどへにゃへにゃと笑み崩れ、カイトはまるで起きる気配のないがくぽの寝顔に見入った。