なんだかんだと議論されることの増えてきた日本の教育制度だが、概ねにおいて、実際に学生であるカイトには興味がない。
が、最近になって多少、物思うことも出てきた。
maybe,perhaps,probably
「日本の教育制度って、君には不自由しかないんじゃないかなって、がくぽ」
「…ふん?」
昼休みの屋上だ。クリームパンにまふもふとかじりつきつつ、カイトはぽそりとこぼした。
日向に並んで座り、こちらは特大コロッケ入りパンの、すでに最後のひと口を呑みこもうとしていたがくぽは、そんなカイトへちらりと視線をやった。
カイトはがくぽを見ることはなく、クリームパンをまふもふまふと食べ進めながら、合間に口を開く。
「飛び級できるとか、もっと早くから専門特化できるとことかのほうが、もう少し自由に……ラクに生きられたんじゃないかって」
つまり、がくぽだ。いわゆる『問題児』だが、その数多やらかす『問題』のひとつだ。
まともに授業に出ない。
理由は簡単で、『すでに理解しきったことだから、つまらない』という。
その言葉を裏切ることなく、まともに授業に出ずとも、がくぽは学年トップスリーの成績を軽く、維持している。
これは一度見たものならなんでも覚えてしまう記憶力と、ただ覚えているだけでなく、解析し、分析して呑みこむ能力とが、ともに突出すればこそだ。
しかし結果、がくぽにとって日本の高校程度までの基礎的な学習は刹那の内に終わるものであり、見栄や言い訳ではなく、ほんとうに心の底から、『つまらない』――
「………今となれば、ことに不満もない。おかげで、おまえに会えた」
「んっ」
カイトの懸念を穏やかに退けて、がくぽは手を伸ばした。カイトの口の端についていたクリームを、指先で軽く拭う。
その指を当てれば、恋人のくちびるは従順に開く。開いて、やわらかに咥える――
次の瞬間、カイトは咥えた指にきしりときつく牙を立て、ぷっと吐きだした。拒絶のしぐさだ。
「――カイト」
ざわついた気持ちままの声で呼んだがくぽへ、カイトは愉しそうに笑った。愉しそうだが、どこか挑発的に。
「俺はさ、がくぽ?『おかげで会えた』とは、思ってないんだ。そういう面があることは、否定しないけど……じゃあ、『そうじゃない』なら、会わなかった?俺とのことって、『こういう状況だから』仕方のない、妥協?」
「っ」
つけつけと言われ、がくぽははっと、切れ長の瞳を見開いた。
その反応を確かめ、カイトはさらに笑う。
「俺はがくぽに愛されてるってことに、自信があるよ。どういう状況でもがくぽは俺を見つけて、愛してくれるって。俺もだよ。どういう状況でもきっとがくぽを見つけるし、好きになっちゃうんだろうなって――思うけど」
そこでカイトは笑みを治め、ちょこりと首を傾げた。
「でも、さ?もしかして………じゃあ、『こういう』状況じゃなくて、がくぽがもっと自由で、ラクに生きられて、能力とかそういうの思いっきり発揮できる状況で、環境で、境遇だったらって、考えると」
「カイト」
それでももちろん、見つけると――愛すると。
がくぽが誓うより先に、カイトはにっと笑った。瞳が再び、挑発の色を宿してがくぽを見る。
「もっと早く、俺と会ってたんじゃない?」
「っっ!」
落とされた結論に、あり得た可能性にようやく思い至り、がくぽは今度こそ、ほんとうに愕然として固まった。
そんな恋人に、クリームパンの最後のひと口をまっふと含んだカイトは、満足したねこの顔で笑う。
愛されていることの自信に満ちて、いっそ傲岸不遜な――
それゆえになお、愛おしまずにはおれない、笑み。