ボー・ピープの猟犬
今日は生徒会もないから、早く帰れるよと――
カイトの言葉は残念ながら、一部だけしか容れられなかった。
ならば『邪魔者』がいないということかと受けたがくぽが、カイトを無人の生徒会室へ連れこんだからだ。
そして延々と合わせる、求め貪る、くちびる――
「んっ、ふ……っ、ぅくっ」
がくぽがわずかにくちびるを放してやると、間を唾液の糸が引いた。が、ほんの名残り程度だ。くちびるとともに交わした唾液のほとんどは、机に押し倒したカイトの口の中にある。
解放され、自由を取り戻したところで、カイトは反射の動きで咽喉を鳴らす。口の中に溜まった、どちらのものとも知れないそれを、こくりと飲みこんだ。
咽喉の動きと、とろんと蕩けて、閉めきれず開くくちびると――
見て取って、がくぽもまた、こくりと咽喉を鳴らした。意識もなく、離したばかりのくちびるを寄せる。
しかしすんでのところで理性を戻すと、カイトのくちびるに再び覆い被さることはせず、舌だけを伸ばした。
「ん…っ、んん、ぁ……っ」
口回りを汚す唾液の、飲み切れず溢れた分をてろりと舐めると、カイトは大袈裟なほどにびくりと震えた。胸に縋っていた指が、もう一度縋ろうか、それとも拒もうかと、迷う動きを見せる。
拒まれたところで、がくぽは気にしない。キスを厭うてのそれではないと、理解しているからだ。
ずいぶん貪ったあとだ。不慣れなカイトが、息を継ぐためのわずかな間を欲して、そうするだけなのだと。
初めのころはがっつき過ぎて、カイトが意識を飛ばすか、その寸前まで苛むことが多かったがくぽだ。
最近は、加減を覚えた。ぎりぎりのところを見極めて、一度引くということが、できるようになった。
熱が冷めたわけではない。
がくぽに『人形』で遊ぶ趣味はないという――カイトが意識を飛ばさなければ、それだけ長い時間、キスを楽しめる。そう、学習したからという。
「は、ぁ……っ」
くちびるの際を舐めると、カイトはまた、ぶるりと震えた。
さらにほんのわずか、舌先を口の中へ差しこむと、疲れきって休んでいたカイトの舌先に触れた。
疲れきって休んでいたはずのそれだが、がくぽの舌先が触れるやびくりと波打ち、反射の動きで奥へ逃げる。
――追いかけたい。追いかけて、喰らいつきたい。
猟犬の本能めいたものが騒ぐ。血が滾り、ほんの一瞬、がくぽの全身の筋肉は漲り、膨れ上がった。
「ぅ、くっ……っ」
――それを、ずいぶんな努力でもって治め、がくぽはそっと、カイトのくちびるから離れた。
けれど空白は、長いことではない。
引いていくがくぽを追いかけるように、カイトが顔を寄せてきたからだ。
「ぁ、くぽ…」
甘く、熱の篭もったままの声が、がくぽを求めて呼ぶ。迷っていた指が縋る力を取り戻し、離れていくがくぽを引き寄せて、くちびるが塞がれた。
――快哉を。
堪えてもこらえても、がくぽのくちびるは歓びに裂け、胸に、腹の内に、マグマに似た熱が爆ぜる。
がくぽがほんの少し堪え、加減して、引くことで。
カイトとのキスの時間は、より長くなる。
なにより、息がつけたカイトは今度、自分からがくぽを求め、くちびるを重ねてくれる――
一方的な想いではない。がくぽひとりの、身勝手な欲望などでは。
求めたなら求めただけ、求めた以上に、求めてもらえる。
この瞬間の幸福に勝るものはなく、これを知れば、ほんの少しの我慢など『我慢』とは呼ばなくなる。
――今日はあと何回、この幸福を得られるだろうかと。
徐々に治まっていく校舎のざわめきをさらに遠のけ、がくぽはカイトのくちびるに貪りついた。