But,I cannot believe...
「ぇ………………っ、と、………っ」
絶句し、立ち尽くしたカイトの反応に、がくぽは勝ったと思った。
正確には違う。がくぽは『敗北』すればこそ、こうして保健室のベッドに横たわっているのだし、――
本来的にはそもそも、勝ち負けのつく話でもない。
しかしつまり、悔し紛れとか、それこそ、負け惜しみというやつだ。さもなければ、あまりに不甲斐なくて、心の自衛反応が働いたとか。
そう、もはや摩耗しきったと思っていた心が仕事をしなければと躍起になるほどの、『今』の原因だ。
初めの衝撃から立ち直るのにしばしの時を要したカイトはやがて、なんとかというふうに口を開いた。おそるおそると、一語いちごを慎重に言葉に直し、並べていく。
「あの、がくぽ?もぉいっかい、確認するけど、………君が倒れた原因は知恵熱で、この年で、そんなになるまでなにを悩んだのって、『いいこになる方法』、……………?」
――少し違う。
そしてこの場合の『少し』は、実のところまったく『少し』ではなく、すべてが覆るほどの大きな違いだった。
高校生にもなって、知恵熱を出して倒れるほどがくぽが悩んだのは、万人のためのそれではない。
『カイトにとって』の『いいこになる方法』だ。
万人にとっての、絶対的多数にとっての『いいこ』なら、改めて考えるまでもない。わかりきっている。
が、それをただひとり、たかがひとりきりである『カイト』に限定したとき、これまで負け知らずであったがくぽの頭脳は、結論に至れないままオーバーヒートを起こし、――
→至る保健室、今。
嗤いたいなら嗤えと、がくぽは思う。
そう、いつものカイトならきっと、腹を抱えて爆笑しているはずだ。否、今の問いによって原因が間違いないと確定したなら、きっとすぐ――
しかしがくぽの自棄含みの推測が現実となることは、永遠になかった。
『そう』なのだと、今度こそ理解したカイトは、ひどく情けない顔で肩を落とし、はあと、深いふかいため息をこぼしたのだ。
こぼしてしばし、――そのくちびるが、やわらかな弧を描く。カイトはおっとりと、首を傾げてみせた。
「あのさ、がくぽ………俺は、せーとかいちょー、だから、さ?みんなに選んでもらった、その役目として、校則守れの、授業出ろの、ケンカするなの、………君にうるさく言う必要が、あるよね」
ただゆっくり話すというだけでなく、今のカイトの口調には、幼子に言い聞かせる趣があった。
そんな扱いは不満で、けれど現状、がくぽは幼子のように『知恵熱』など出して、倒れている――
ぐっとくちびるを引き結んだがくぽに、カイトは瞳もやわらかにほどいた。手が伸びて、がくぽはこめかみのあたりを軽く、こするように撫でられる。
目を眇めても手を振り払うことはしないがくぽに、カイトの表情はますますほどけた。
が、それも一瞬で、すぐに真顔となる。
「………けど、もしも、さ?がくぽが、『会長の俺』にとっての『いいこ』じゃなくて、『俺』っていう、なんでもない、ただの一個人の『俺』にとっての『いいこ』になりたいって、そう、考えてくれたんだったら、ね?」
そこまで言って、カイトは細い、細いほそいため息をこぼした。
細くほそい、長いため息を追うように、ささやく。
「――もう君は、『今』、十分に、十二分に、『いいこ』なんだよ、がくぽ。誰でもない、なにものでもない、……………ただの『俺』にとっては、さ」
まあ、ケガが心配だから、ケンカだけはほんと、もう少し控えてくれるといいけどね、と。
微笑んで締めたカイトはその後、がくぽが満足するまでずっと、くしゃくしゃりと、頭を撫で混ぜ続けてくれた。