Le Reve
確かにがくぽの見た目はいい。美麗と言っても過言ではないが、だとしてもだ。顔採用なのだという。
「店主…店長の母親が、『顔が花に負けてないね!から、オッケイ☆』と」
「ぅーわーあ…?」
花屋のエプロンを掛けたがくぽがレジ台向こうで淡々と言うのに、カイトはどういった顔をすればいいものか、悩んだ。
話しながらも、カイトがレジ台に置いた花の、葉と茎を処理するがくぽの手つきは迷いがない。学習能力の高さもあれ、しかしすでに馴れが見える。
ちなみにカイトは、まったく花に詳しくない。プレートに『ル・レーブ』と名書きしてあった花はただのユリにしか見えなかったのだが、ひとつだけ買ってもそこそこ見映えがするからいいかと、選んだ。
「常々思うが――社会の受け皿は、学校で教える倍々は、広いな?『そんなことではろくな大人にならない、社会から落伍する』と教師と生徒で騒ぎ立てるずれ幅は、実社会においてはミリかナノだ。まさかそんな程度なのかと、愕然とさせられるぞ。こうまでとなれば、もはや悪意すら感じる。誰のしわざだ?」
「地下政府かなぁ。さもなければ、大体の陰謀は秘密結社のしわざだって、昔っから決まってるけど」
無表情かつぶっきらぼうな物言いのがくぽ――店員へ、カイトはほんのり笑って答えた。
しかしその笑みはすぐ翳り、カイトはわずかに背を撓めると、がくぽを覗きこんだ。ひそやかに、訊く。
「絡まれない?」
そう、社会は広い。男性が花屋で働くことはごく常識的かつ良識的な職業選択の範囲であって、騒ぎ立てるほうがいっそ、どうかしている。
ただしあくまでも『社会に出れば』、だ。縮図と称しても、学校はあまりに判断基準がずれて、偏狭だ。
ましてやがくぽが普段、おもに『付き合う』相手だ。彼らはここぞとばかり、嵩にかかってくるだろう。
少なくともカイトが知る限りの彼らは、がくぽのアルバイト先、その職種を知れば、絶対的にろくでもない反応を示す。
カイトが端的だが深刻に呈した懸念に、がくぽはぷいと、横を向いた。小さく、ため息を吐きだす。
「店長――店主の息子が、ここらあたりの『顔』なんだそうだ。『そういう筋』だったことはないが、学生時代の名残りだとか、なんとかで………バイトも、身内扱いなんだな。知られると、逆に遠巻きにされる。むしろ機会が減った…」
思惑が外れた、心底から残念だと言わんばかりのがくぽに、カイトははっと瞳を見開き、慌てたように店内を見回した。
「ちょっと待って、がくぽ…!俺それ、買い占めレベルで売り上げに貢献しなきゃいけない気分になった、今」
「………………ぷれぜんと用ですか」
店内へ踵を返そうとしたカイトへ、がくぽはいかにもいやいやという風情で訊いた。
カイトは無垢に澄みきった瞳で、レジ台向こうのがくぽを振り返る。ことさらかわいこぶって、ちょこんと首を傾げた。
「プレゼントしたら、おうちに飾ってくれる?――くれない。よねー。はい自宅用」
やれやれと小さくため息をつき、カイトは手ぶらでレジ台前へ戻った。
そのカイトへ、がくぽはセロファンとリボンで簡易ラッピングを施した花を差し出す。
「さーびすです……で、――460円。ラッピング代なし、花代のみだ」
ひとつだけでも見映えが良さそうだからと選んだのに、さらに見映えよくしてもらってしまった。
相変わらず棒のようにつっけんどんな物言いのがくぽから、カイトはラッピングされた花を受け取る。笑って、鼻を寄せた。
「逆に難易度高いこと、やってる気がするんだけど、がくぽ……じゃあ、お礼に、かいちょーからも特別サービス。ね?」
むすりと顔をしかめ、なにか言いかけたがくぽへ、カイトは首を振った。横だ。それは否定と――
「がくぽ明日、アルバイト届け書いて、出しな。会長権限で許可証、即日発行するから」
拒むことを赦さない強さで告げ、カイトはどこか寂しげに眉尻を落とした。また、首を振る。横に、けれど否定ではなく――
「社会の広さに目を奪われて、不変のものを見落としちゃだめだよ、がくぽ。学校だけじゃない。社会も同じだ。ルールはどこにでもある。守れば守られるとは限らないけど、守らなければ、確実に守られない。守れない。――同じはずだよ」
やわらかな声音で、けれどきっぱりと言いきられたことに、がくぽは反論を紡げなかった。
さらにむっすりむっすんと、不本意にくちびるを引き結んだ問題児に対し、カイトは構うこともなく、にっこり笑った。
「言っても今回は俺が、地下政府か秘密結社ばりにウラで暗躍するんだから。追加サービス、してくれるでしょ、がくぽ?」