「あーもう、ほんっと高等部には潤いも癒しもありません。私は日々摩耗し、疲れ果てて消耗していくばかりです」
「あー………」
「生徒会室だけが、私のわずかな憩いの場です………!」
「えー…………」
慨嘆するキヨテルに、レンは微妙な表情になる。
蹴り飛ばすべきだろうか。それとも位置的には、エルボー。
シスター・サン:ブラザー・ムーン
しかしなんだ、この教師…………あまりにも堂々とし過ぎていて、かえって反論も説教も思い浮かばなくなるとか。
中等部に双つ子の鬼子あり、取り扱い不能と匙を投げられた鏡音双子の片割れである、この鏡音レン様を黙らせるとか、もしかして内に秘めるパワーは物凄いものが。
「そんなわきゃねー………」
「ん、なんですか、レンくん」
空転する自分の思考に疲れたレンを、キヨテルは無邪気に覗きこむ。
しかし無邪気。
無邪気?
「あー!テルせんせー、またレンのこと膝抱っこしてるーっ!!いっけないんだぁあ!」
「おや、リンちゃん」
「リン、いや、これはそのっ!」
ついつい大人しく膝抱っこされていたレンは、双子の姉のかん高い声での糾弾に、わずかに慌てた。
しかしレンを抱えこんだキヨテルのほうは、微塵も揺らがない。
慌てふためくレンを易々と抑えこみ、腰に手を当てて仁王立ちしたリンを、にっこりと見た。
「大丈夫ですよ、リンちゃん。あなたも十分に私の癒しです。リンちゃんとレンくんの二人を抱えるくらい難ないことですから、どうぞいらっしゃい。そして私にろりしょた成分を補給させて………ぅぐっ!!」
「いくらなんでも言葉を選べ、生徒会顧問!!」
レンの肘鉄が腹に極まり、さすがにキヨテルも悶絶した。
それでもレンのことはがっしりと抱えこみ、膝から下ろさない。
いやな感じの根性を発揮するキヨテルを、リンは呆れたように見下ろした。
そもそもが生徒会室にあるのは安物のパイプ椅子だけで、何人も何人も一度に乗ったら、あっさり足が折れそうな代物だ。
「だ、だからっていって、別に、リンが重いとかじゃないんだからっ!!」
「リン?」
「ええもちろん、リンちゃんは重くなどありませんよ!天使のように軽いです。なので私の膝に、げほっ」
懲りることを知らないキヨテルの腹に、再びレンの肘鉄が極まる。
「…………いくらなんでもせんせー、見境とか、体面とか、失くし過ぎだと思うの………」
どちらかというと哀れにすらなってきて、リンはそっとつぶやいた。
キヨテルはぐすりと洟を啜り、膝に乗せたままのレンの肩口に顔を埋める。
「だってだって、初等部と違って、高等部には私の癒しである、ちっちゃいおんなのこも、ちっちゃいおとこのこもいないんですよ…………!右を向いても左を向いても、むっさいもっさいうっざい年の生徒ばかり……!」
「………………ことばをえらべー、きょうしー………」
ここまで臆面がないと、いっそもう清々しくなってきた。
してはいけない方向に順応しつつあるレンはぼそりとつぶやき、肩口に埋まってしくしく泣くキヨテルの髪を引っ張った。
「そぉいえばせんせーって、初めは初等部のせんせーだったんだよね」
記憶を引っ張り出しつつ訊いたリンに、キヨテルはぶるぶると震えた。膝に乗せたレンを、ますます強く抱きしめる。
「そうなんです…………!毎日天国でした………!!なのにある日突然、理事長に呼ばれ、『君が萌えない年頃って、何歳から?』とか訊かれて、正直に『十四歳以上は対象外』と答えたら翌日から高等部配属に」
「問題になってるからそういう扱い受けんだろうが、このばかせん!!」
「うんほんと、テルせんせーって顔はいいのに、すっごく残念だよねー」
レンは肩口に懐くキヨテルの頭を小突き、リンはよしよしと撫でてやる。
「というわけで、日々摩耗し消耗しボロ雑巾のようになっていく私の心の安寧のために」
「でもせんせー?」
手首を掴んで引き寄せようとしたキヨテルを避け、リンはかわいらしく小首を傾げた。
「リンとレンて、もう十四歳だよ?十四歳以上は対象外なんだよね?『以上』って、意味わかる?それも含めて、ってことだよ?」
「あ、そうじゃん!」
リンの指摘に、レンははたと気づいた顔になった。
言葉の意味を厳密に捉えると、キヨテルにとってはリンとレンは対象外の年齢だ。
一瞬はきょとんとしたキヨテルだが、膝の上に乗ったレンにきつく腕を掴まれ、我に返った。
睨み上げてくるレンをまじまじと見て、にこにこと笑っているリンへと視線を流し、頷く。
「あなたたちはろりしょたです」
きっぱり言い切った。
あまりにだめ過ぎる宣言に、レンはがっくりと項垂れる。
リンは明るい笑い声を上げると、悪びれる様子もなく、衒いも躊躇いもない、いわばおとこまえな顔をしているキヨテルの首に抱きついた。
「もぉほんっと、せんせーってダメね!!ダメダメね!!」
「あー…………!もっと罵ってください………っ!ろりの罵倒って、ほんと癒されます……………!!」
「本気でダメダメだな、あんた……!!」
うっとりしているキヨテルに、レンは疲れたようにつぶやき、勢いよく背を倒すとその体に凭れた。
***
「………………………アレが顧問で、本当にいいのか」
真顔で訊くがくぽに、カイトは困ったように笑った。
「でも理事長から土下座で、『引き取ってください、始音様』って、涙ながらにお願いされちゃって」
「……」
「リンちゃんとレンくんが嫌がったら、どうにかしようと思ったんだけど……」
がくぽは無言で、視線を流す。
キヨテルに絡みつくリンもレンも、嫌がるどころか――
「……………まあ、それはそれとして」
楽しそうな双子と変態から視線を外し、がくぽはほわほわと微笑むカイトを見据えた。
「おまえ、理事長になにをした?!どういう関係なんだ!!」