レンはむすっとした顔で、背後に凭れた。

「ごりごりしたのが当たってる」

へたへたくらんぼ

「ぁはは、いやですね、レンくん」

応えるのは、悪びれもしない爽やかな笑い声だ。

レンを膝に抱いたキヨテルは、爽やかな声に相応しい、爽やかな笑顔で、むすっとした顔を覗きこんだ。

「『ごりごりしたの』って、小学生じゃないんですから。大人の男の反応なんて、もう理解しているでしょうなにが当たっているか、わかっているでしょうに」

「…っ」

「そんな、『ごりごりしたの』とか遠回しに言われると、私はかえって、興奮最高潮に達してしまいますよ」

「開き直り過ぎなんだよ、このヘンタイ教師っっ!!」

あまりに臆面のなさ過ぎる言葉に、レンは顔を真っ赤にして怒鳴る。しかしキヨテルの膝からは下りない。

レンはむすっとした顔のままぐいぐいと腰を押しつけ、体を支えるキヨテルの腕にぎゅうっと抱きついた。

「座り心地悪い!!最悪!!人間椅子失格!!んっ」

罵倒が途中で、甘い鼻声に変わる。

びくりと体を跳ねさせて、ぎゅううっとキヨテルの腕にしがみついてから、レンは真っ赤な顔で振り返った。

「ちくび触るなっ!!」

叫んだレンに、キヨテルは耐え難いというように苦悶の表情を晒した。

「レンくんそんな、乳首とか、生々しい単語を口にしないでくれませんか。あなたの口から淫語なんて、私の存在しない理性が崩壊します」

「存在しないのかよわかってたけどつか存在しないものが、どうやって崩壊するんだよ!!っゃ、あっ」

怒涛のツッコミの最後も、やはり鼻声に取って代わる。

膝の上で身悶えるレンを見下ろし、キヨテルはやれやれと肩を竦めた。

赤く染まった耳朶にくちびるを寄せ、軽く食む。

「んゃっ」

「ご機嫌斜めですね。どうしました?」

「ん……っ」

吹きこまれた言葉に、レンはきゅっとくちびるを噛んだ。強情な顔になって、そっぽを向く。

キヨテルはなおもレンの耳朶を口で嬲り、制服越しに胸を探る。

「は……っゃ………ぁ」

「リンちゃんとケンカしたのが、そんなに堪えていますか?」

瞬間的に固まってから、レンはさらに顔を赤くして、キヨテルに向き直った。

「……っかってんなら、訊くなぁああ!!白々しいんだよ、このヘンタイ教師!!」

「いやぁはは。訊いた瞬間のレンくんの拗ね顔のかわいさに、つい」

「少しは悪びれろぉっ!!」

どこまでも爽やかに笑うキヨテルに、レンは膝の上でじたばたと暴れる。

痛いはずだが顔を歪めることもなく、キヨテルはレンの腹を宥めるように叩いた。

「それで、ケンカの原因はなんですか?」

「……っ」

レンは即座にくちびるを引き結び、そっぽを向く。

キヨテルの手が腹から下半身へと辿り、微妙な部分を撫でた。

「……んっ」

「キスが下手でもいいと思いますけどね、レンくんの年頃なら。むしろ上手なほうが引きますけど」

瞬間的に呼吸すらも止まってから、レンは怒りのあまりに瞳を潤ませて、キヨテルを睨んだ。

「……っかってんなら、訊くんじゃねえって言ってんだろうがっっ!!つかなんで、そんなに詳しい?!」

膝の上で振り返って胸座を掴んだレンに、キヨテルは臆することもなく笑った。

「さっき、おんなじようにヘコんでいるリンちゃんに会いまして」

「んなっ!!」

「『レンがもう、キスしてくれなくなったらどうしよう』って」

「っっ!!」

レンはぱっと、キヨテルの胸座から手を離した。

打って変わって取り縋るようになり、おろおろとキヨテルを見る。

「な、泣いてたか?」

「ベソは掻いていました。照れ隠しで『ヘタクソ』って言っただけなのに、あんなに怒るなんてって」

「て、照れ隠し…………!!どうしよう、俺………っいっぱいひどいこと言った………っ」

レンは瞳を潤ませ、泣きそうになってキヨテルを見つめる。

キヨテルは微笑み、そんなレンの頭を撫でてやった。

「二人ともお互いに、ひどいことを言ってしまったと後悔しているんですからね。きちんと謝れば、仲直りできます」

「ほ、ほんとに……?!」

「ええ。そのときにこうやって」

「ん……っ」

撫でていた手で後頭部を押さえると、キヨテルはレンのくちびるにくちびるを落とした。舌を伸ばし、無防備に開く口の中を探る。

巧みに蠢く舌と、ツボを押さえてここぞというときに咬みついてくる牙。

レンは別の意味で瞳を潤ませ、キヨテルに取り縋り、夢中でキスを味わった。

「…………仲直りのキスをすると、いいですよ。今度はリンちゃんも、『ヘタクソ』とは言わないでしょうし」

「ふ………ぁっ…………」

唾液の糸を引きながら離れたキヨテルは、しつこいキスの余韻を感じさせない滑らかな口調でささやく。

その顔が、ふとなにかを閃いたとばかりに無邪気に輝いた。

「なんならもう少しきちんと教えてあげましょうか、レンくん。いっつも、ふやふやに蕩かしてしまうだけですけど………。私、キス得意ですし、これでも教師ですから、教えるのも得意ですし」

「………っ」

キヨテルに縋っていたレンの手に、力が篭もった。ぶるぶると震え、服を千切ろうとするかのように引っ張る。

「そ、そもそもは、てめぇがキスが上手いから…………っっ!!比べられて、俺がヘタだってことになるんじゃねえかっっ!!さっきもリンにしたんだろう、キスっ?!」

咬みついたレンに、キヨテルは悪びれもしなかった。にっこりと頷く。

「慰める過程でまあ」

「元凶はてめえじゃねえかっ、この淫行教師ぃいいいっっ!!!」

***

「…………………………なぜ問題にならん」

訊いたがくぽに、資料を机に広げたカイトは顔を上げもしなかった。

「俺が見えないし聞こえないから」

「それでいいのか、生徒会長………!!」

レンとキヨテルがいるのは、生徒会室の一角だ。物陰に隠れるでもない。

いわば顧問の指定席とでも言うべき場所で、広くない生徒会室のどこからでも見えるし、声も聞こえる。

震撼するがくぽの肩を、副会長のミクがぽんぽんと叩いた。

「ちなみにボクも、見えないし聞こえない。ていうか、役員全員、見えないし聞こえない」

「……っ」

引きつるがくぽに、ミクはウインクを飛ばした。

「さすがに風紀委員長のグミちゃんは見ちゃうし聞いちゃうから、そのときは協力よろ☆」