朝。
耳元で鳴る軽快な目覚まし時計の音は、まだ親元で生活していた学生時代に抹殺したかったもの、殿堂入りの一位だ。
けれど、今は――
Ring Ding a Bell
「ぅーっ」
小さく唸って、カイトはベッドに臥せったまま手を伸ばし、ナイトテーブルに置いてある目覚まし時計を止める。
抹殺したい気持ちはまだあるけれど、でも、これで目覚めて、やりたいことがきちんと出来た。
だから、起きる。
時計を見る目にはまだ、恨みがましさが残っているけれど、殺意を込めることまではなくなった。
今日も起きられたという安堵感とともに、ほんのわずかばかり、感謝の色も混ざり出している。
「ん……ぅっ」
ベッドから這い出そうとしたところで、カイトは小さく呻いた。腰に力強い腕が回り、努力の甲斐もなく布団の中へと引き戻されてしまう。
「ちょ、がくぽ………っんんっふ…っ」
引きずり戻されただけでなく、カイトのくちびるは朝から貪られるように塞がれた。
寝起きで呼吸が覚束ない。そうでなくても、寝起きのいいほうではない。
とはいえ高校を出て、恋人と二人で暮らすようになってから、ずいぶんしゃっきりと目が覚めるようにはなった。
それというのもこれというのも、朝には大事な大事な仕事があるから――
「っがくぽ、めっ!こんなことしてたら、がっこー行くまでに朝ごはん作る時間が、なくなっちゃうでしょ?!」
くちびるを貪るだけに飽き足らず、体まで弄り始めた恋人に、カイトは抵抗しながら懸命に叫ぶ。
「いいだろう、別に………一日くらい、朝飯を抜いたところで大したことなど………」
「めっ!」
「っ」
体を弄る手を止めないままに強請るがくぽに厳しく言うと、カイトはその両目の下に指を当てる。
ぺろ、とめくって勝手に『あかんべ』をさせると、眉をひそめた。
「ほら、まだ白い………体がちゃんと、栄養足りてない証拠なんだから」
「………別に、今さら」
「めっ!」
強制『あかんべ』をさせる指を振り払って瞳を眇めたがくぽに、カイトはやはり厳しい声を上げる。
それでもすぐに雰囲気をやわらげると、駄々っ子じみた表情を浮かべる恋人の長い髪を梳いて、頭を抱き寄せた。
「朝ごはんは、ちゃんと食べないとだめ。そうでなくてもがくぽは、これまでちゃんと食べないで、不摂生が続いてたんだから。俺と暮らす以上は健康的なごはんを、健康的な回数、健康的な時間に食べてもらうからね?」
「……………」
がくぽの顔にはありありと、『面倒くさい』と書かれている。
カイトはそんながくぽの鼻に、軽く咬みついた。鼻の頭をてろりと舐めて離れ、こめかみにくちびるを落とす。
「それで、すっごく健康になってね。おじーちゃんになっても、俺といっしょに元気よく暮らすの………。ね?二人で、元気なおじーちゃんになろ?ずっとずっと、愛し合って暮らそ?」
カイトの言葉に、がくぽはくちびるを噛む。
ややして小さくため息がこぼれ、カイトの体を抱えこむ腕から力が抜けた。
「ん、いーこ」
笑って言うと、カイトはがくぽの額にくちづけ、ベッドから下りた。
時計を見て慌ててキッチンへと駆けていく背を見送り、がくぽはベッドにごろりと体を伸ばし、大の字になる。
「……………………………………悪くない」
ぽつりとこぼすと、眠気を振り払って体を起こした。
二人で作れば朝食が早く出来上がるから、残りの時間を今の続きに当てられる。
なにより、キッチンに立っている時間も有効に、愛し合える――