手早く荷物をまとめると小脇に抱え、がくぽは足早に教室を出た。

カヱルコール

途中、知り合い数人が声をかけてきたが、丁重かつ迅速にお付き合いをお断り申し上げて、学校から出る。

門のところで守衛に軽く頭を下げると、いつも厳しい相手の顔が、わずかに綻んだ。

他の学生には表情を崩さない相手だが、なにかで護身術の話になったときにがくぽと組み手をしてから、親しみを持たれるようになった。

おそらくはがくぽが見せた体術に、敬意を払ってくれているのだろう。

日本では単なる乱暴星人だったがくぽだが、そもそもは基礎となる体術をきちんと修めたうえでの、乱暴星人だ。

『それはね、さらに性質が悪いって言うんだよ、がくぽ。格闘術を修めたひとの拳は、凶器認定されるんだからね!』と――

自分の人生を劇的に変えた相手が、まだ日本にいた頃に、呆れたように言った。

通りに出たところで、がくぽは携帯電話を取り出す。

こちらで落ち着くまでの一時凌ぎ、というつもりで買った安物のそれだが、結局なんだかんだで買い替えることもないままに、今日まで来ている。

別にどこもおかしくはないのだが、なぜかすぐにも壊れそうなイメージのそれを手に、がくぽは馴れた動きでメモリを呼び出した。

コール数回。

「………ああ、カイトか俺だ。………………あー………そう。おれおれー。今風邪引いてー、って、違うわいつも通りの声だろうが!」

受話器の向こうで、爆笑が轟いている。

淀みなく通りを歩きながら、がくぽは軽く手を挙げ、カフェにいた知り合いへの挨拶へと代えた。

寄って行け、とジェスチュアをされたが、耳に当てたままの携帯電話を指差してにんまり笑い、器用にも両手で『ハート』を作って見せると、肩を竦めて諦めてくれた。

がくぽが日本から連れてきた相手に夢中なことは、知り合いならば誰もが身に沁みていることだ。

「ああ、今終わった。もう出た。いや、もし間に合うようなら、今日は天気もいいし、昼は外に出ないかと思って。カフェでもいいし、バールでも…」

電話をしつつ、がくぽは左右を見て車通りを確認し、道を渡った。

ついでに家人の有無も確認したうえで、他人の家の庭も突っ切る。

サンルームから、ひなたぼっこ中だった老人が『悪たれが!』とジェスチュアをして寄越した。

顔は笑っているから、がくぽは自分で自分の片頬をつねって『悪たれ』らしい挨拶を返したうえで、笑って手を振って庭から出る。

「待てこら。バールと言ったからって、おまえに昼間から酒を飲ませる気はないぞ。ましてや外で………酒は家でだけだと、決めただろうが!」

受話器の向こうの無邪気な言葉に、がくぽは慌てて叫んだ。

信号が赤になるやならずやで車が猛スピードで発進し、横断歩道の前でしばらくの足踏みを余儀なくされる。

「……まあどちらにしても、おまえが昼飯をまだ、用意していないならという話だ。用意したなら、そっちを………んピクニック…ああ、それでもいい。カフェで、おまえ用に甘いものだけ買い足して……」

地面を揺らしながら大型トラックが過り、がくぽはふっと笑った。

顔を上げ、先を見つめる。

まだ、――

信号が青になって車通りが落ち着くと、がくぽの足は走るように地面を蹴った。

飛ぶように向かう、愛する人の待つアパートメント――

「がぁああくぽぉお!!おっかえりぃいいい!」

携帯電話を耳に当てたまま、アパートメントの窓から身を乗り出して手を振るカイトに、がくぽもまた、笑いながら手を振った。

「ただいま、カイト!!」