万能を紡ぐくちびる

外国人向けの語学留学コースの授業が終わると、カイトは速攻で、がくぽが通う大学に行った。

約束があるわけでも、驚かせたいわけでもない。

いつでも遊びに来ていいと言われているけれど、遊びに行くのでもなく。

ただ、見たいだけ――年相応の顔で、仲間に囲まれて、大学の講義に臨んでいるがくぽの姿を。

カイトがいるとわかると、がくぽは覿面にダーリン・ハニーモードになってしまうから、こっそり。

「んー………これがいわゆる、働いているカッコイイおとーさんの姿を見てみたい子供の気持ちか」

まじめそうにつぶやいて、カイトはちょっと天を仰いだ。

「……………………どっちかっていうと、まともに働くようになった息子の姿を見たい、おとーさんかも」

ぼそっと吐き出してから、カイトはくちびるに指を当てる。

「しーーーっっ!!ナイショなのこっそりなんだから、しーーーーっ!」

カイトの姿を見つけて声を上げようとしたがくぽの友人たちを、鋭く制止。

現地語どころか、世界共通語の名を欲しいままにする英語すら、覚束なかったカイトだ。

そのカイトにがくぽが教えた異文化コミュニケーションの極意が、文法など要らない、とにかく単語を連発し、あとはジェスチュアと表情でどうにかなる、ということだった。

これさえやっていればなんとかなると言われたことを、言われたままに素直に実践した結果。

学生時代に費やした苦労はなんだったのかというレベルで、コミュニケーションはスムースに運んだ。

今のもカイトは、日本語で言った。まだ咄嗟に、きちんとした文章が出て来ない。

それでもしかめた表情と身振りで、相手には伝わる。

「そーだよっかっこいーがくぽ見て、うっとりして帰るのっ!」

もともとカイトは、積極的で臆さない性質だ。

がくぽに教えられたままに体当たりでコミュニケーションを図った結果、しゃべるのは驚くほど上達していないが、聞き取りはできるようになった。聞き取れれば、教えられた方法で会話は繋げられる。

呆れたような友人たちに、いーっと歯をむき出してから笑って手を振り、カイトは構内をこっそり急いで進んだ。

「………いた」

扉越しに教室の中を覗きこみ、カイトはほんのりと微笑んだ。

それほど広くはない教室の、中ほどの席――どこにいても、後ろ姿でも、すぐにわかる。

特徴的できれいな、長い髪。

わずかに覗く横顔が真剣で、カイトの頬はほんのりと染まり、熱っぽい吐息が漏れた。

カッコイイ。

「っ!」

納得したところで、カイトはびくりと瞳を見張った。

真剣に講義を聞いていたがくぽが振り返り――

「そういや、武道やってるせいで、気配にビンカンなんだった……っ」

固まるカイトに、がくぽのくちびるが小さく動いた。

――そこで待っていろ。

きょとりと瞳を瞬かせたカイトに瞬間的に笑って、がくぽは再び前を向く。

またもとの通り、カッコイイ大学生。

へろへろと腰が抜けて、カイトはぺちゃんと廊下に座りこんだ。

そして待つこと数分――

「カイト!」

講義が終わるや、満面の笑みで飛び出して来たがくぽがそのままの勢いで抱きつき、カイトは衝撃に揺らぎながら笑い返した。

「かっこいーがくぽ、見に来ちゃった!」