引っ越し荷物の片づけもほぼ終わりというところで、カイトの手が止まってしまった。
さろん・ど・さろん・ふりふりる
「カイト、バスルームは終わった………カイト?どうした?」
リビングの床に座りこんで唸るカイトの姿に、バスルームの片づけを終えて出てきたがくぽは首を傾げた。
カイトは考えこみ過ぎたのかどうか、仄かに赤い顔になっている。
厳しい表情で床に広げていたものを掴み上げると、傍に来て腰を下ろそうとしたがくぽにびしっと突きつけた。
「がくぽ、どっちがいい?!」
「……………どっち。って………なんだこれ」
見ればわかるが、それでも『なんだこれ』と問いたくなるものはある。
腰を下ろしながら呆れたように訊いたがくぽに、カイトはぷくんと頬を膨らませた。
「エプロンだよ」
「見ればわかる。そうではなく――」
「生徒会と風紀の女の子たちから、お餞別」
「ああ………」
女の子たちからのと聞いて、がくぽは納得した。
カイトが掲げたのは、エプロン二着だ。
ひとつは胸当てがあるもので、もうひとつは腰に巻くだけのもの。
どちらにも共通点があるとするなら、男物ではない。
女性ものの、それもエプロンになど詳しくないがくぽだから、いちいちの名前はわからない。
しかしたっぷりのフリルで飾られ、タックも取られてふんわり広がるそれが、男物なわけがない。完璧に女性ものだ。
カイトが会長を務めていた生徒会にしろ、懇意にしていた風紀委員会にしろ、そこにいる女の子たちは多少独特の――はっきり言うと、かなりきつめの個性の持ち主だった。
男の恋人と同棲目的で渡航するというカイトへの餞別に、女性もののエプロンくらいは選びそうだが――
どちらがいいかと訊かれても、困る。
それともなにか、どちらかはカイトで、どちらかはがくぽで、ペアルック☆とでもいうのか。
あり得て怖い。むしろ否定する根拠がない。
「どちらでもいいだろう。……というより、どちらも使わないとまずいだろう」
なににしろ、懇意にしていた彼女たちからの贈り物だ。どちらか一方を使って、どちらか一方は使わないというわけにはいかないし、逆に、どちらも使わない、という選択肢もなしだ。
一回は着用しないと、後が怖い。
彼女たちがいる日本から、遥かに遠く離れた外国にいるのだが、怖いものは怖い。
ため息とともに言ったがくぽに、カイトはほわわわと、さらに赤く染まった。
掲げていたエプロンを膝に下ろすと、がくぽから殊更に顔を逸らす。
「がくぽのえっち。よくばりんぼ」
「は?!なんだ?!」
唐突に詰られて、がくぽは瞳を見開いた。そのがくぽにカイトは赤く染まったまま、横目を投げる。
「これ、はだかえぷろん用の、えぷろんだもんっ…………どっちも、なんて、がくぽのえっちっ」
「………」
やはり、彼女たちの考えはわからない――ついでに言うと、『用途』を知らなかったのだから、詰られる謂れもない。
恋人とその知己、双方に頭痛を覚えつつ、がくぽはため息とともに吐き出した。
「やはり、両方だ。絶対に、断固として、どちらも使うぞ」