Bye,Baby-Bunting

「騙された……」

ソファに伸び、カイトに頭を抱かれた状態で、がくぽはうっそりとつぶやいた。

「♪」

胸に埋まってのつぶやきが聞き取りにくかったのか、それとも故意に無視したのか――

カイトは伸びるがくぽに半ば潰されながら、ひどく楽しそうにうたっている。うたうのは、子守唄だ。

「だーまーさーれーたー………」

がくぽはもう一度、つぶやいた。恨みがましい半眼だ。

――が、単に恨みがましいだけが理由の半眼でもなかった。

がくぽは眠かったのだ。夜だ。正常なことである。

しかし『夜』だ。

同居人は最愛の相手だ。同棲だ。なぜ大人しく寝なければならないのか。とても眠いのだが。

――と、ぐずった。だって眠かったのだ。大学生になりました。

『じゃ、わかった。こうしよう。あかちゃんぷれい。ね?』

カラダはオトナ、頭脳はお子さまと化してぐずり、だだをこねたがくぽに、カイトが提案した。

『ね、ぷれいだよ、ぷ・れ・い。すきでしょ?』

あやされながら吹きこまれる言葉は、いかにも怪しかった。

しかしがくぽはあまりに眠く、さっぱり頭が回らなかったのだ。

頭脳はお子さまだがカラダと知識と嗜好はオトナという面倒さを、カイトは巧みに操り――

『がくぽがあかちゃんで、俺がママねはぁい、がくぽたーん、よちよちー♪』

眠さのあまり、頭も回らないが体の動きも鈍い。

そんな状態で伸し掛かっていたがくぽの頭を、カイトはやすやすと胸に抱えこみ――

「♪」

子守唄をうたわれて、とんとんとんと、背をあやし叩かれる。リズムは一定で、力加減も心地よい。

長い髪をやわらかに梳かれて、たからもののように抱かれて、どうしても安らぐこころがある。抜けていく力が、解けていくものが。

しかし。

「プレイじゃない……プレイじゃ………ちがう、断っじて、ちがうぞ、カイト……」

ぼそりと吐き出して、がくぽは目を閉じた。

抱かれているのは、カイトの胸だ。抱く力はやわらかく、素肌との境は薄い寝間着一枚。

ちょっと頭を動かせば、その気になれば、『授乳』と称して本当に『プレイ』に持ちこめる。さんざん開発してやった場所だから、カイトはすぐに甘い声で啼き、悶えるだろう。一瞬で、雰囲気は一変するはずだ。

が、しかし。

「ぷしゅぅ」

気の抜ける音とともに体へかかる重みが増して、カイトは笑った。散らばるがくぽの髪を、優しく梳く。

「おねむっ子のぐずぐずたんが、やぁーっと寝たまーったくがくぽたんは、手のかかる子でちゅねえー?」

からかうようにつぶやいたカイトだが、その笑みはすぐに苦さを含んで歪んだ。軽く天を仰ぐ。

重い。

寝たことで弛緩した体の重みたるやなかなかのものだし、なにより、もともとの体格差がある。

「なんっでソファでやっちゃったかな、俺……焦りすぎ。余裕なさすぎ。ベッドまでがんばろうよ、もう」

つまり今のがくぽを喩えるなら、重苦しいにも程がある『布団』だ。

ソファに転がるカイトのほぼ全身に伸し掛かり、もとい被さった『布団』。重いは絡みつくはしがみつくは重いはで、寝返りは絶対に打てないと、保証付きの。

とはいえ、長所はある。とても温かい。『布団を被っている』状態のカイトは。カイトだけは――

「あーあ……」

カイトは自分の上で無防備に寝こけるがくぽの髪をやわらかに梳き、悩ましく抱きしめた。

「もちもーち、がくぽたーん……がくぽたんは、おねむしたまんま、ベッドに移動って、できまちゅかー……でなければ超能力的なアレで、おふとん召喚とか……。できるなら、がくぽたんがカゼ引く前に、おねがいちまーちゅぅ……」