謀略トウィチェッタ

アパートメントの隣家から帰って来たカイトを見たがくぽは、きょとんと目を丸くした。衝撃のあまり、思わず本音をだだ漏らす。

「なんで男物だ?!」

「うん、よーし、がくぽケンカかケンカだなそれは俺にケンカ売ってんだよねうけてたーーーつっ!」

「いや、カイトっっ………!!」

しゅっしゅこしゅことシャドウで拳を極めるカイトは、そういったしぐさがさまになる、パンツルックだった。

多少表現を変えるなら、がくぽが言う通り、男性の服装だ。

だが言うまでもなく、そもそもカイトは男だ。

がくぽという男と付き合い、組み敷かれ、その雄に夜ごと貫かれて甘い声を上げていても、カイトは男だ。むしろがくぽより雄々しい部分も多い、男の中の漢と言っても過言ではない。

当然ながら、普段の服装は常に、男物だ。

が、もちろんがくぽが言いたいことも、『そういうこと』ではない。

だからカイトは今、隣家にお呼ばれしていたのだ。

アパートメントに住む、ご高齢のご婦人たちの集まりに。

無邪気で愛らしいカイトは、いわば彼女たちのアイドルだ。

骨組みの華奢な少女体型――あくまでも欧州基準で見ると、だが――は、言い方は悪いが、彼女たちお気に入りの『着せ替え人形』なのだ。

これまで隣家に行ったカイトはほぼ毎回、セミプロと言って差し支えない彼女たちが腕に依りを掛けて縫い上げた新作を着せられて帰って来たが、それが男物だったことはなかった。常にスカート、常にワンピース、常に女物――

それが今日、行ったときとは違う服装だったが、きちんと男物を着て帰って来た。

パンツルックだが、女性向けではない。きちんと男性向けとして作った、男性用の、パンツルックだ。

カイトとて、がくぽが言わんとしたことはわかっている。

すぐに拳を引っ込めると、『モデル』らしくくるりと、華麗なターンを決めてみせた。しかしやはりいつものように、ひらりと舞い広がるものはない。

「おばぁちゃんたちがさ……わかってたんだけど、あんたかわいいからついつい、女の子の服着せたくなっちゃってって。でもほんとは男の子なんだし、きっとイヤだったでしょ、ごめんねって。新作オトコモノ」

「はあ……まあ、なんだ。その格好でもかわいい、あがっ?!」

歓んでいいことのような気がするのだが、微妙な気持ちではある。

それでもお世辞ではなく、本心から褒めたがくぽの頬を、カイトは素早くつねり上げた。つんとして、言う。

「カワイイって言われる年じゃないんだから、キレイって言え。あ、ちがう。今日はカッコイイって言いなさい。オトコモノだし」

つんけんとして命じる。

――が、がくぽの返答を待つこともなく、カイトの指からはすぐに力が抜けた。

がくぽの頬から落ちた指はパンツの、腰骨あたりの生地をつまむ。いつもならそうやればスカートの裾がひらつくが、今日はだから、パンツだ。ズボンだ。スラックスで、洋袴だ。

ひらつくものはない。

「カイト?」

どうにもすっかりしょげ返っている様子だが、はっきりとした理由がわからない。

そっと声をかけたがくぽをちらりと見やり、カイトはまた、すっきりしたシルエットの自分の下半身を見下ろした。

どこか途方に暮れたように、つぶやく。

「でも実際のとこ、もう馴れちゃったからさ……おばぁちゃんち行って、ひらひらしてないと、……逆に、おちつかない……っ」