うえぺけれ
「んぁ」
ふと意識が浮かび上がり、がくぽは意味もない声を上げた。
束の間、睡眠が浅くなっただけだ。覚醒に至るほどではないから、今ひとつ現実感がおかしい。ひどく重く、怠く、自由にならない体と、開こうにも開かない瞼、それでありながら、やたら鮮明に見える景色――
「ん……」
狂った現実感が不快で、がくぽは眉をひそめた。
――起きなければ。
思考を埋めるのはその一念だが、頭が持ち上がらない。鮮明な景色を映しながら、瞼が開かない。腕の一本、指先ひとつ、満足に動かせない――
「ぅ………」
――起きなければ。こんなふうに無防備に寝こけたら『戦えない』。
焦りが募る。
どうして寝たのだろう。
疑問が浮かぶ。
迂闊に寝こめば危険だからと、常に睡眠を浅く保ち、どんなときでも素早く覚醒できるようにしていたはずなのに。なぜこんなに気を抜かして、いったいどうして、まさかすでに、
「がぁくぽ」
こころが恐怖で爆発する寸前、やわらかな声が耳朶を打った。
「まだ時間あるから。もうちょっと寝てて、大丈夫だよ」
やわらかく甘い声はあやす言葉を吹きこみながら、がくぽの頭をくしゃりと撫でる。くしゃくしゃと撫でて、長い髪をやさしく梳く。
伝えられるのは、愛情だ。情愛で、慈愛だ。
撫でられる犬の気持ちを味わい、解ける心とともにがくぽは小さく息を吐いた。強張っていた体からも力が抜け、ようやく瞼が開く。
「カイト」
――実際には、未だ寝惚けたがくぽの呂律は回らず、呼んだ名前は判別も難しいほどに舌足らずだった。
しかし、ソファに転がるがくぽの頭を膝に預かる最愛の相手は、きちんと聞き分けて笑ってくれた。笑って、くしゃりとがくぽの頭を撫でる。
「時間になったら、ちゃんと起こして上げるから。安心して寝てなさい」
言って、頭から離した手でぽんぽんと、がくぽの肩を叩く。
赤ん坊を寝かしつけるに似たしぐさだ。そんな年ではないし、関係でもない――
常であればそう主張しもしただろうが、今は寝惚けだ。
とっておきに甘やかされたがくぽのくちびるはふわりと綻び、預けた頭がすりりと、相手の腹に擦りついた。心得ている『飼い主』は、がくぽの求めに応じてまた、頭をくしゃくしゃと撫でてくれる。
そのぬくもりと、言葉に因らず伝えられ、奥の奥にまで染み入る愛情と。
――そうだった。もう、ねても、こわくない。たたかわなくて、いいんだった………
安堵に心地よく緩みながら、がくぽは染み入って溢れる幸福とともに、再び寝に入った。