Perrier
「ん……む」
リビングのソファからがくぽが抱き上げようとしたところで、カイトは不明瞭な呻き声とともに目を覚ました。
とはいえ、はっきり『起きた』というレベルではない。眠気に負け気味で重い瞼はほとんど開かず、動きも鈍い。
けれど起きて、動きは鈍いながらも腕が上がり、がくぽの胸を押す。
縋る動きではない。拒むしぐさだ。抱き上げようとするのを、止める。
たとえ動きが鈍く、力が弱くとも――
「カイト」
ベッドまで運んでやるから寝ていていいという、がくぽの声は、眠気に閉じる耳には届かないようだ。
カイトはむぐもごとくちびるをうごめかせ、ふるると、首を横に振った。
「ぉ、みず……のんだ?」
「……っ」
もったりとして呂律も怪しい、ひどくたどたどしい口調で訊かれ、がくぽは咄嗟にくちびるを噛んだ。
夜だ。就寝前に熱いシャワーを浴びてすっきりしたがくぽは、カイトを探し、リビングに来た。
そこで無事に想いびとを見つけたことは見つけたわけだが、そのカイトといえば、ソファの上でくるんと丸まって、くうくうと寝息を立てていたという。
夜であれば眠いのは当然だが、カイトががくぽを待てず、先に――それもこうしてソファでうたた寝をするなど、滅多にない。ひどく珍しいことだ。
これはよほど疲れているのだろうと――
ならば無理に起こすことをせず、ベッドまで抱いて運んでやろうと。
こちらも珍しく、がくぽは『だんなさま』らしい甲斐性を発揮しようとしたのだ。
しかし背中に腕を差し入れ、抱き上げようとしたところで、眠りが浅かったらしいカイトは目を覚ました。
とはいえはっきり覚醒したというものではなく、意識は朦朧と混濁したまま――
「ぉみず……がくぽ」
飲んだのかと、カイトは重ねて訊く。朦朧と混濁した意識まま、ろくに呂律も回らない舌で、それでも。
がくぽは風呂上がりに、コップ一杯の冷たい水を飲むことを習慣としていた。
浴槽に浸からず、シャワーで済ませても同様だ。とにかく就寝前の風呂から上がったなら、冷たい水をコップに一杯、ひと息に飲み干す。
実際のところ、健康習慣としては微妙らしいのだが、しかし習慣の『習慣』たる由縁だ。やらないと、がくぽはどうにも落ち着けない。
そして同棲して月日も経てば、落ち着けないがくぽの習慣はまた、カイトの習慣とも化す。
――お水、飲んだ、がくぽ?
入浴を終えたがくぽに、まずそう尋ねることが、カイトの半ばの習慣と化して久しい。
そしてがくぽが飲んでいないと答えようものなら、落ち着かなくていちゃいちゃすることもできないくせになどと笑いながら、ミネラルウォーターを用意してくれる――
確かに『習慣』とした。たまに、甘えるための道具に使うこともある。
が、しかし、だ。
なにもこんな、起きていられないほど疲れきって、朦朧としているときにまで――
「……飲んだ。きちんと飲んできたから」
「ん」
こんなときにまで案じてくれるなと。案じさせるような男ですまない、と。
自らへの不甲斐なさに胸が焼ける心地を味わいながら答えたがくぽに、カイトはこくんと頷いた。
こくんと頷き、――
笑った。
へにゃんと、花が咲き開くにも似て、無邪気で歓びに溢れた。
「っ?!」
息を呑んで見入ったがくぽの首に、胸に当てて動きを止めていたカイトの腕が回る。
眠いとも思えない、否、眠気のあまりに加減もなく、カイトはきゅぅううっと力いっぱい、がくぽに抱きついた。
「じゃあ………も、いっぱい、ぁまえても……だぃじょーぶ。だぁ……………」
カイトは眠気に蕩ける声を幸福で滲ませ、力いっぱい抱きついたがくぽへ、ねこのように擦りついた。