寝て、起きて、

寝て、起きて、――寝て、起きて、

「考えた。なんで俺はカイトが好きなのか」

いつものようにカウンタに並んで座り、朝食を摂って――締めに、カフェ・オ・レを啜っていたときだ。

がくぽが唐突に、つぶやいた。

「――ふぅん?」

カイトは隣へちらりと視線をやったが、がくぽと目が合うことはなかった。横顔だ。

ただ、うつむいているわけではない。未だ眠気を引きずっているでもない。顔はしっかり上がり、切れ長の瞳に宿る光は強い。

じゃあいいやと、カイトはがくぽから目を離し、正面を向いた。再び、カフェ・オ・レに口をつける。

「で?」

短く促したカイトに、がくぽはひとつひとつを噛みしめるように続けた。

「三か月だろう、そろそろ。おまえと暮らし始めて………昼間は別行動でも、夜は必ず同じベッドで寝て、――そう、『寝た』んだ。寝た、眠った。こんなに、眠ったことはなかった。時間もそうだが、質の話だ。これまで、深く寝入るなど、比喩でなく、数えられる程度しか経験がなかった。浅い眠りのうちに、何度もなんども目を覚ましては安全を確かめ、隙間に恐る恐ると――それがあたりまえで」

「ああ、――うん」

最後には苦笑含みで自らの過去を語ったがくぽだが、カイトは追従して笑うことなく、ただ、頷いた。

そうだ。そうやって慢性的な睡眠不足をかこっていたのが、がくぽだ。

けれどカイトがそばにいるときだけは、よく眠った。日本にいるときからそうで、それはこうして、ともに暮らすようになっても――

中身の減らないカフェ・オ・レボウルを抱える両手にくっと力をこめ、がくぽはさらに顔を上向けた。瞳に宿る光もまた強く、清明に、宙を見据える。

「日に日に濃い霧が、靄が、霞が、晴れていくような心地なんだ。景色が変わっていく。光の強さが、見えるものの範囲が、鮮明さが、どんどん――俺はなんて狭い世界で足掻いていたのかと、呆れるのも通り越して、もう、愕然とした。いや、し続けている」

がくぽの言うそれは、まったく新しい発見ではない。古来からずっと、言われ続けていることだ。

睡眠不足は脳の機能を低下させる。

認識を狭め、思考力を鈍らせ、判断力を落とす。認知を歪め、感情の制御を困難にし、言動を狂わせる――

次々覆されながら進む科学の世界においてすら、この説が補強されることはあっても、覆ることはない。

「俺は頭がいいと、ひとに言われるばかりでなく、自分でも理解していた。いや、理解していると、思っていた。が、違う。あまりに違う。きちんとした睡眠を取ったあとの、頭の動きの速さ、判断の質、扱える量――そう、一度に拾える情報の、扱えるそれの量が、まるで違う。確度が違う。きっと以前ならこう判断していたというのと、真逆の判断が出るのもしばしばで」

一転、抑えながらも口早に吐きだされたそれを、カイトは静かに聞いた。時間が経ち、量が減って、そろそろ冷めてきたカフェ・オ・レを、口に運ぶ。

「で?」

視線をやらないまま短く促したカイトだが、わずかにも動けば触れ合うような隣同士の、椅子の配置だ。がくぽの腕に、くっと、力が入ったことがわかった。

力を入れ、息を詰め、――吐きだす。

「おまえのことを好きだと、思っていたんだ。これほど好きになる相手もいないだろうと。とはいえ一部、若干、鬱陶しいと思う部分もあって、けれど他の部分の『好き』が凌駕していたから、ここまで来て」

抑えた声音で、しかし口早に言葉を吐きだし、そこでがくぽは黙った。黙って、考えて、考え――

「寝て、起きて、――考えて、気がついた。違った。『鬱陶しい』じゃない。それは俺が、絶対おまえに嫌われると、恐れ、怯えていたことの、その裏返しで……嫌うどころか、それも込みでおまえは俺を愛して、ここまで来てくれた。俺がわかった気になっていた以上に、もっとずっと、すべてにおいて、俺はおまえに愛されていたんだと」

がくぽは噛みしめるように、ゆっくりと吐きだした。カイトはちらりと、視線をやる。

「………で?」

短く促したカイトへ、がくぽはようやく顔を向けた。朝陽の掠る瞳がきらめき、くちびるがほどける。

「好きだ、カイト。いや、――愛している。言ってもいっても不足だが、つまり、………ありがとう」

「ん」

短く受けて、カイトはカフェ・オ・レを飲み干した。すっかり冷たくなったボウルを、カウンタに置く。

「ん」

もう一度、短く受け、カイトは朝陽を背負って綻び咲く情人の頭をがしがしがしと、大型犬にでもするように撫でた。