リビングのソファで、半ば押し倒されるような格好となったカイトは、伸し掛かるほう、がくぽの気を逸らすものがなにかないかと、亜光速で思考を空転させた。
Rock-Paper-Scissors
「カイト…」
呼ぶ、がくぽの声は低い。
――これが色めいた理由であればまだ良かったのだが、少なくとも今は違う。このあとのカイトの釈明次第では、つまり、とても珍しいことながら、カイトはがくぽから大目玉を食らう。
そう、この元問題児にして現駄犬なダンナさまにだ、まったくもってまっとうな理由で、カイトが大目玉を食らわされるのだ。
業腹という以上に、カイトの胸にはなんだか、迫るものがあった。がくぽも成長したんだなあという。
余計なお世話もいいところだし、そんな場合ではない。
それで、――それで、だから、しかしとにかく、この急場だ。
大目玉か中目玉か小目玉か、なんにしろ、お説教を受けること自体はどうしても避けられないとしても、少し時間を置いて、頭を冷やして、こう伸し掛かって威迫するのでなく、お互いに適切な距離を保ってやりたい。
そしたらカイトも、今すぐよりはましな誤魔化しができるというものだし。
――うんっ!やぶれかぶれのぶらこーじ!
空転の思考が振りきれて、カイトはにっこり笑うと、ぴっと人差し指を立てた。
なにかを察知し、咄嗟に身を浮かせたがくぽへ、高らかに告げる。
「がーくぽっ♪あっちむいてほいっ☆」
「っ?!」
告げると同時、立てた人差し指をぴしっと、『あっち』へ向ける。
束の間息を呑んだがくぽが、切れ長の瞳を大きく見張り――
「あっちむいてほいっ!あっちむいてほいっ!ほいっ!ほ………っ」
間断を置かず数回、指をあっちへこっちへそっちへと向けて、カイトは堪えきれなくなった。
指を引くと手を開き、両手で自らの顔を覆う。ぷるぷるぷると、全身が激しく痙攣した。
「が、がく、ぽ………っ、がく、きみっ……っ!ルール、理解してる?!素直に『あっち』向いちゃ、だめなんだよ?!動体視力いいんだから、見えてるでしょ?!避けられるでしょ!なのに、全部、おんなじほう、向くとか!!」
「くっ……っ!!」
堪えてもこらえても堪えきれず嵌まって爆笑の渦に呑まれるカイトの叫びに、がくぽはくちびるを引き結んだ。
どうしようもなく全身が熱く、顔のみならず肌という肌が赤く染まる。
ただし、怒りではない。羞恥だ。
そう、がくぽはすべてカイトが言うまま、指差すがまま、顔を向けた。逆らえなかった。
咄嗟のことであっても『ルール』は理解していたし、なんの最中になにをやらかすのかと腹も立てた。こんな誤魔化しに乗るかと――
しかしてカイトがひと言、鋭く命じて指を向けると、体がまったく逆らえなかった。
「くっそ……どうせ俺は犬だ。おまえの犬で、おまえは飼い主だ!悪かったな、犬が上に乗って!!」
諸々突き上げる感情に、がくぽは堪えきれずカイトの上に頽れて喚いた。どうしようもなく羞恥に歪む顔を、隠すようにカイトの扁平な胸に埋め、頭を抱える。
カイトはなんとか笑いを治めると、その頭に手をやった。抱える手に重ねながら、なだめるように、慰めるように撫でる。
「俺はがくぽに乗られるの好きだし、悪いだなんて思わないけど。だめ飼い主で、ごめんね?」
微妙に意味をすり替えたことを告げて、恨みがましい目だけをわずかに向けてきたがくぽへ、にっこり、笑う。
「せめてものお詫びに、誤魔化さないで素直に怒られてあげるよ。でも、あとでちゃんと、慰めてよ?」