not at all
嫌がられるかなとは思いつつも、会いたい気持ちが募って、がくぽはカイトの通う学校へ行った。
もちろん、部外者立ち入り禁止。
部外者ではない、家庭教師と受け持ちの生徒だ。れっきとした関係者だ!
――という内心の主張あれ、それなりに常識を弁えた方なので、口には出さない。
大人しく正門の傍らに立って、相手が下校してくるのを待つこと、しばらく。
「がくぽせんせー!!」
目を瞑っていても聞き間違えようのない、耳に甘い声。
顔を向けると、カイトが元気いっぱい手を振りながら、がくぽへと駆け寄って来るのが見えた。
遠目にもわかる、満面の笑み――
授業の日でもないのに現れた家庭教師だが、心から歓迎してくれているとわかる。
ほっとした分、堪えようもなくがくぽのくちびるは綻んだ。
そのがくぽにカイトは人目を気にすることもなく、駆けてきた勢いまま、ぴょんこと抱きついた。
家ではない。学校だ。そして自分たちは、兄弟でもない男同士――
「こら、カイト!」
「ぁははっ、せんせぇ!待ったでしょ?来てたんなら、メールしてよ!そしたら俺、そっこー出て来たよ!」
慌てるがくぽに対し、カイトのほうは衒いもない。無邪気に笑いながら、すぐにぱっと離れる。
きらきら輝く無邪気な笑顔に見上げられて、がくぽも一応は笑い返しながら、わずかに肩を落とした。
会いたかった、見たかった、言葉を交わしたかった――つい思い余って来てしまったが、相手の性格をもっと考えるべきだった。
年に見合わない無邪気さのために、カイトの行動には衒いや躊躇いがない。
もちろん、素直にうれしさを表すのは悪いことではないが、時と場合と相手に因る。
カイトはまだ、学生だ。その世界は閉じていて、ひどく窮屈だ。
自分のちょっとした我が儘で、カイトの学校生活に支障を来たすかもしれないことは、控えなければならない。
年上としても、一時とはいえ、教師としても――
「ねっ、せんせっ!なんで来てくれたの?用事なあに?」
「ん、ああ………」
反省しているがくぽに構わず、カイトはうれしそうに訊く。
反省、もうひとつ。
会いたいだけ、見たいだけで来てしまったので、実のところ、用事らしい用事がない。
がくぽは脳をフル回転させつつも、それを窺わせずに微笑み、軽く首を傾げた。
「いや――この間、どういう参考書がいいのかわからないと、言っていただろう?今日は暇だから、良ければいっしょに選びに行こうかと」
「えっ、ほんと?!いいの?!」
色気も素っ気もないうえ、余計なお世話になりかねない苦肉の策の『用事』だ。
しかしカイトの表情は、あからさまに弾んだ。
こんなことでもいいのかと内心激しく動揺しつつも、がくぽは笑顔のまま頷く。
「ああ。君の予定さえ空いているなら」
「空いてるよっ!空いてなくても空けるしっ!やたっ、がくぽせんせとお出かけっ!」
気が変わらないうちにと歩き出したがくぽの傍らを、カイトは跳ねるようにして歩く。
そこまで幼くはないが、好奇心と無闇な行動力に溢れた年頃だ。危なっかしいと、はらはらして目が離せない。
繋いでおきたい、と――
「ねっ、がくぽせんせっ」
「っああ、どうした、カイト?」
疚しい考えを見透かされたかのようなタイミングで、声を掛けられた。
珍しくもしどもどと応じたがくぽに、カイトは人差し指を立て、自分のくちびるに当てる。
「『放課後デート』」
「…………っ」
瞳を見開いたがくぽにカイトが閃かせた笑みはいつもと違い、危ういまでの艶やかさに満ちていた。
「…………こんな用事でも?」
「せんせが時間取ってくれて、すっごくうれしい。なんでも、俺のためだもん」
言葉はあまりにも甘く誘惑に満ちていて、がくぽは密かに天を仰いだ。
反省も意味がない。
こんなことでは癖になって、連日通ってしまいそうだ――