授業がひと段落つき、がくぽは小さな吐息とともに眼鏡を外した。
無意識の流れで眉間を押さえてから、ふと、下からじっと自分を覗き込む瞳に気がつく。
覗きこんで来る相手は珍しくも、ひどく難しい表情をしていた。
グラシィア
「…………カイト?」
どこかわからないところでもあったかと、眼鏡をかけ直して訊いたがくぽに、カイトはわずかにくちびるを尖らせた。
「せんせ、目ぇ悪いの?」
「…………ん?ああ、いや………」
がくぽは常時、眼鏡をかけているわけではない。アフリカ人もびっくりの視力を誇ったりはしないが、裸眼でも自動車の運転免許が交付される程度には、見える。
ただ――
「たまにね。疲れが溜まったりすると、見えが悪くて………」
今日に関して言うと、カイトの家を訪れるまでずっと、パソコンの液晶画面とにらめっこをしていた。遊びではない。仕事だ。
だらけて見ていたわけではないし、いつもより多少、視界が霞んでいる。
だからといって驚くほど支障があるわけではないが、集中力に欠けるきらいがある。
という理由の、一時的眼鏡男子に過ぎないのだが。
曖昧に笑って説明するがくぽを、カイトはわずかに恨みがましげに見つめた。
やわらかなくちびるが拗ねたように尖って、ずいっとがくぽへ近づく。
「がくぽせんせ、俺のこと、ちゃんと見えてる?」
「え?」
真面目に、真剣に吐き出された、問い――
眼鏡は一時的なもので、普段は生活に支障がないと、言ったのに。
「いっつもは、眼鏡してないでしょ?俺のこと、ちゃんと見えてる?」
「……………」
真顔で放たれる問いは、怒っているようでもあり、詰られているようでもある。
しばらく瞳を瞬かせていたがくぽだが、そのくちびるがふっと綻んだ。
おそらくカイトの言葉は本来、こうあるべきだ。
――俺のこと、ちゃんと見てる?
一字あるかないかだが、実際のところ、その意味の差は大きい。
「せんせ、よく、俺のことかわいいとか言うけど」
「私が、君のことをきちんと見ていないと?だから、愛しいだのかわいいだのと、戯言をほざくのだと言うのかな、カイト?――疑われるのは、心外だよ?」
「…………だって、目ぇ悪いんでしょ。たまにでも、眼鏡するくらい」
ぶすっとして、カイトは吐き出す。
眼鏡を外したところで、その表情はつぶさに見えているというのに。
目を瞑ったところで、その顔が記憶から薄れることはないというのに。
がくぽは笑うと眼鏡を外し、瞳を逸らしたカイトの額に額をぶつけた。そのまま懐きながら、尖るくちびるをついばむ。
「私がきちんと見えていないことは、認めるよ。なにしろ私は、君への愛に盲目だからね。………君への愛しさで常に視界が埋まっていて、他事がなにも目に入らないんだ、カイト」