傍にいて離れないがくぽに苦笑し、カイトはシンクの隣にある冷蔵庫を示した。
「がくぽ、お客さんなのにごめんね?ちょっと、氷出してくれる?」
「はい」
素直に頷いて、がくぽはカイトから離れ、冷蔵庫の前に行く。
のんあいす・のんらいふ
いつもは家庭教師であるカイトが、生徒であるがくぽの家に行くばかりだ。
しかし今回は強請られて、カイトががくぽを自分の部屋へと招待した。
男の一人暮らしだ。それも、ジリ貧大学生が住む、安アパート。
来たって愉しいことなんてないよと言ったのだが、先生が住んでいることがなによりも価値だからと、言い切られた。
カイトとしては、しっかりした子に見えても、そういう夢見がちなところがまだまだ幼くて、かわいいなと思う。
そんなこんなでやって来たがくぽに、カイトはせめてお茶くらいはと、用意しだしたのだが――このお客様。
簡易キッチンに立つカイトの傍から、離れない。
玄関入ってすぐに備え付けのキッチンは、部屋の狭さを遺憾なく反映して、一人であっても窮屈だ。
そこに大柄ながくぽが共に立つと、ちょっとした身動きも大変になる。
慕ってくれるのを邪険にも出来ず、苦肉の策で冷蔵庫前へと追いやったカイトだ。
――が、ひとつ、大事なことを忘れていた。
「…………………」
ぱたんと冷凍庫の扉を閉めたがくぽは、無言のまま、冷蔵庫の扉を開けた。
礼儀正しい性質だ。そういう振る舞いは不躾だからと、普通はやらない。
すぐさま冷蔵庫の扉も閉めたがくぽは、ゆっくりとカイトへ向き直った。
「がくぽ?氷は……」
「始音先生。アイスしかないんですね」
「ぅげっ!名字呼びキたっ!」
普段は、堅苦しくていやだと言うカイトに請われるまま、下の名前に『先生』を付けて呼ぶがくぽだ。
しかしなにかしら思うことがあると、名字で呼ぶ。
今回の物思いはなにかといえば、もちろん、今見た冷蔵庫の中身。
「冷蔵庫にほとんどまったく物がなく、冷凍庫はアイスだけって、どういう食生活ですかっ!!」
「い、いやぁん、がくぽくんったらぁ♪ひとん家のれーぞーこ、勝手にチェックするなんてぇっ、ルール違反よぉっ☆」
体をくねらせて媚びた『先生』に、がくぽの額にぴきりと青筋が立った。
逃げに入っているカイトにずいっと迫ると、年下の自分より小柄で、遥かに華奢な体を強引に抱きしめる。
「だからこんなに細くって、ふらふらしてるんでしょうが!生徒に心配かけるような生活、しないでください!」
「あー、ぅーん、………………ぇへっ☆がくぽ、たくましー……………」
「っじゃなくてっ、………………」
さらに説教を重ねようとしたがくぽだが、ぴたりと黙った。
力強い腕に抱きこまれたカイトはうっとりした顔で、がくぽのくちびるにくちびるを重ねる。
卑怯技で口を塞いだカイトだが、悪びれることもなく、ひどくうれしそうにがくぽの胸に凭れた。
「心配なら、頻繁に様子見に来てよ、がくぽ。せんせがちゃんとした生活してるかどうか、監督していいよ?」
「……………」
笑って言うカイトに、がくぽはぶすっと頬を膨らませる。
擦り寄る体を抱く腕にさらに力を込めると、肩に懐く頭に顔を埋めた。
「…………生徒にこんなに心配掛けるなんて、だめな先生ですね、カイト先生は。…………仕方がないから、俺がしっかり、監督してあげます」