カイトは大袈裟な身振りで落胆を表し、殊更に大きなため息をこぼした。
「神威がくぽくん。せんせーは、かなしーです」
ぶるーりあ・ぴんくすかっしゅ
「ふ、フルネーム呼びっ?!」
いつもいつも、甘ったるい声で『がくぽ』と、下の名前で呼ぶのがカイトだ。名字で呼ぶことなど、滅多にない。
ひしひしと迫る嫌な予感に、がくぽは椅子の上で仰け反った。
その眼前に、カイトは後ろ手に隠し持っていた雑誌をびしっと突き出す。
おんなのこが笑いながらスカートを捲り上げて、なにも着けていない下半身を露わにしていた。
「ひっ、あ、せんせ、カイトせんせ、これ、これはっ!」
がくぽは悲鳴を上げ、わたわたと腕を振り回し、意味もなく部屋の中を見回した。
部屋の中を詮索するなと言っても、ベッドの上に放り出してあればさすがに、無視も出来ないだろう。
カイトが来る前に片付けておこうと思ったのに、その前にいろいろあったせいで、すっかり忘れていた。
「もー、せんせはほんと、かなしーです、がくぽくん。いーこのがくぽくんはせんせが来るまで、おべんきょして待っててくれてるのかと思いきや、えろ雑誌でしこしこですか。えっちぃおんなのこ写真で、ぬきぬきですか!」
「ひぎぃっ!!」
おそらくカイトの言葉の選別は、わざとだ。そういった方面に免疫がない、真面目っ子のがくぽをよくよくわかっていての、イヤガラセだ。
悲鳴を上げて仰け反るがくぽに、カイトは手に持った雑誌をばさばさと振った。
「んで、どの女の子でぬきぬきしたの、がくぽくん?ぶっちゃけ、せんせーが知りたいのってそれだけだし!」
「っや、ちが、そうじゃなくて、それはっ!!」
「がくぽがどういう子が好みで、どういうシチュで燃えるのか、今後の参考に是非とも知りたいよね、俺は!」
「ぁうぅ、せんせぇ…………っ、話を聞いてくださ……………っ」
確かにベッドの上になど放り出していたが、がくぽはカイトが言うようなことをしていたわけではない。
付き合いから断りきれず、友人に押し付けられるままに持ち帰ったそれを、どう処分すればいいのかと悩んでいただけなのだ。
さらっと中を見はしたが、どの女の子より、目の前でふざけ半分本気半分に嘆く家庭教師のほうが、よほど――
動揺からうまく口が回らないがくぽに構わず、カイトはばらばらとページをめくる。
その手がぴたっと止まり、嘆きの表情が一変、うれしそうに眉を跳ね上げた。
「あ、この子かわいー!好みっ!」
「んなにぃっ?!!」
脳天気に上がった声はしかし、まったく洒落にならない。
がくぽは慌てて椅子から立ち上がり、雑誌の一ページに見入るカイトの傍らに立った。
「どの、どの子ですかっ?!どういうところがっ?!!」
「え、この子ー。俺さ、ロン毛の子が好きなんだよね!やっぱ女の子は、ロン毛ストレートでしょ!!」
「っっ!!」
写真の女の子は、まさにカイトが言う理想の姿そのものだ。長い髪で、パーマもかけずにストレート。
もちろん、そこに価値を置いた写真などではまったくなく、もれなくあられもない格好を披露している。
がくぽはしばし、いやらしい気持ちとはまっさら無縁で、卑猥な写真に見入った。
その手が、自分の髪に触れる。
がくぽの髪も長い。そして、ストレート。
「せ、せんせ………せんせぇ、まさか、………俺のこと好きなのって、長髪でストレートだから、とか、っ?!」
「はぁ?」
カイトは目を丸くして、敗北感に打ちのめされて床に頽れたがくぽを見下ろした。
ややしてそのくちびるから、大きなため息がこぼれる。
表情は殊更な悲哀に満ちて、立ち直れない教え子にふるふると首を横に振った。
「せんせーは、とってもかなしーです、神威がくぽくん……………」
ぱたんと雑誌を閉じると、カイトもまた、床にしゃがみこんだ。
縋るように見つめるがくぽと、目線を合わせる。
「んなわけあるか、このあほのこちゃんが。自分の性別と役割考えろ!」