「あ、そぉいえばさ、がくぽ♪」
勉強をひと段落させ、小休憩を取っていたときだ。がくぽの母親が出したお茶とお茶菓子とをつまんでいたカイトが、愉しそうに口を開いた。
Love Like Lake
とはいえ、常になんでも愉しそうなひとだ。つまらなそうにしていることが、少ない。
しかし付け加えるなら、同じ『たのしそう』でも、いくつかパターンがある。つまり、純粋に『楽しそう』なのか、それとも年下の少年をからかう、性根の歪んだ歓びに満ちて『愉しそう』なのか――
付き合いも短くないが、どうにも見極めがつかないがくぽだ。
だからじっと、『愉しそう』なカイトを観察する。せめてもなにかしら、見極める端緒がないかと。
生徒の戸惑いに構わないカイトのほうは、ひたすら愉しそうに、にったりと笑った。
「最近増えた、受け持ちの子なんだけど……この子がね、すっっっごくかっこいー男の子なんだよ!もう、背とかすらっとしちゃって、いや、体型もなんだけど、色気!お子様とはとても思えない、色気のある男の子でね!」
愉しさの中にほんのりと垣間見える、――興奮。
戸惑いながら聞いていたがくぽの瞳が眇められ、表情がすっと、空白に落ちた。
「んでさ、なんとこの男の子が――」
「先生。始音先生」
「はぁい☆って、はぃいっ?!なんでいきなり名字呼びキた?!」
明るく話していたカイトだが、低く這うような声でがくぽに呼ばれ、椅子の上で仰け反った。微妙に表情を引きつらせ、隣に座るがくぽから懸命に距離を取る。
堅苦しいのは嫌だとカイトに乞われるまま、下の名前で呼ぶのが常のがくぽだ。それがわざわざ名字で呼ぶというのは、――説教時。
がくぽは完全に据わり切った目で、家庭教師にして己の恋人でもある青年を見つめた。
「始音先生がオトコ好きなのはよく知っていますが、俺にそういう話をするのはどうかと思います。先生が俺をからかって遊ぶのが好きなこともよくわかっていますが、していいことと悪いことがあります。違いますか」
「がくぽ………」
抑えこむ感情の強さゆえに、かえって淡々と説くがくぽに、カイトは瞳を見張った。
要するに、他の男を褒めることで嫉妬する年下の恋人――自分を見るのは愉しいかと、自分にヤキモチを妬かせるのはそれほど価値のある『遊び』なのかと、詰られているのだ。
しばしの沈黙ののち、カイトのくちびるからはあっと、これ以上なく大きなため息がこぼれた。
「まあ、なんていうか………よく言われるね。俺は話し方が、絶望的に邪悪でまずいって。しかも天然でも作為でもそうだから、なお悪いって。がくぽが今言ったのも、そういうことなんだと思うんだけど」
「………先生?」
話の行方に、がくぽは軽く眉をひそめた。もしかしてと、思うことがある。
そのがくぽに、カイトは軽く肩を竦めた。珍しくも曖昧な表情で、窺うように笑う。
「とりあえず、オチを聞いてくれる?その『かっこいー男の子』ね、実は『男の子』じゃなくて、女の子だったの。純然と趣味で、たまに男装してるらしいんだけど……。がくぽ、女形の話って聞いたことある?男が女を演じると、実際よりも余程色気のある女になるっていう話。あれって、男→女だけじゃなくて、女→男でもそうなんだねって。俺、宝塚って観たことなかったし、なんか初めて実感したって、――この発見を共有したいなーっていうだけのつもりだったんだけど」
「ぅっ、あ、あっ、せ、せんせっ」
――自分が読み違えた挙句に、見当違いに恋人を責めたことがはっきりし、がくぽはさっと青褪めた。
毅然とした態度は崩れ、しどもどとなる年下の少年に、カイトは困ったように笑った。
「うん、ええと……なんだな。俺はがくぽに、ちっとも信用されてないんだなーってことは、よくわかった。あとさ、間違ってたらごめんなんだけど……。俺ってもしかして、がくぽにもっっっのすっっごく、愛されてたりする?だって今、嫉妬したんでしょ?なんか、――すっっっごい愛されてないと、なくない、それ?」