きつねうさぎ-03

「………ふにゅ」

目を覚ます。二匹はいない。

部屋の採光具合から考えて、もうお昼を過ぎている。たぶん、仕事かな。

「…………ぃたた………」

軋むからだに呻きながら、ベッドの上で身を起こす。

いつものとおり、からだはきれいにされていて、無茶をされた名残りは疼く痛みだけ――ああもう、いつものとおり、って言えるようになっている時点で、まともじゃない。

あれから何日経ったのか、数えていない。

この部屋には暦なんてないし――二匹が傍に来ると、ぼくの意識は常に朦朧と霞んでしまう。そして二匹がいないと、ぼくの意識は「さびしい」に縛られて泣いてしまう。

ここでぼくがしていることはなにかって言ったら………………………………。

しまった。本気でなんにもしていな過ぎて、語れることがない。

お昼過ぎに起きて、ぼーっとして、ちょっと意識がはっきりすると、さびしいって泣いて二匹を呼んで――そうすると、たがねとはがねがやって来て、ごはんだお風呂だ、――最終的には、食べられて。

いくらなんでも、あんまり非生産的で不健全な生活過ぎる。

師匠が見たら、きっと泣いてしまうだろう。あのひとは、とてもまじめだし、清らかなひとだもの。

「…………あ、師匠………!」

そうだった。

何日経ったかわからないけれど、ぼくがこんなふうに行方をくらませて、師匠が心配していないわけがない。

師匠は心配性だ。

弟さんを亡くしたことを、自分の気配りが足らなかったせいだと考えている師匠は、ぼくに対して過保護なくらいに気を遣う。

――卯の花、そうでなくてもおまえは、狩られる生き物なんだから。

人間にも、獣にも、恰好の獲物。

すてきなごちそうが、ぼくなんだからって。

怖いと怯えるぼくのまぶたを、やさしく舐めてくれて、きれいなきれいな師匠は微笑む。

――幸いにして、身を守る術は教えてやれる。けれど、どうしてもだめなときには、きっと助けに行ってやるから。

「……………探してる、よね…………!」

師匠にとって、口約束とか、その場凌ぎの言葉とか、一時的な感情というものは存在しない。

何気ない会話の中で交わされた一瞬の約束も、師匠は必ず守ってくれる。

どこまでも律義な師匠のことを、最初は、なんてうざったいやつと思ったけれど、そうやってどんなつまらないことでも気にかけてくれて大切にしてくれる態度に、間違いなくぼくは愛されているんだって………すれていた心がほどけたのは、師匠のその姿勢のおかげだ。

その師匠が――ああもう、本気で何日経っちゃったんだろう!

こんなに長いこと留守にして、音沙汰ないぼくのことを、心配してないわけがない。きっと探してる。

探して、そして……………

「………………どうなるんだろ」

師匠はすごく鼻がいいから、たぶん、ぼくが野っぱらに出かけたことはわかるはず。

そこでキツネと出会って、走って逃げて…………………最終的に、『食べられ』た。

「…………っ」

で、どういう経路を辿ってか、ここに連れてこられて、連日『食べられ』てる。

「…………っっ」

師匠の鼻の良さは、一族でもいちばんだ。においだけで、一日どこでなにをして、どんなふうに感じて過ごしていたかまで、筒抜けになる。

それくらい鼻がいい師匠なら――

「ぅうううう…………っ」

筒抜けだ。アレもコレもソレも。

恥ずかしい……………穴がないなら掘りたい。

「………あれ?」

でも、そうだ。

鼻がいい師匠なら、こんなに何日もぼくのことを放っておかないはず。

一日くらいは様子を見るかもしれないけれど、そのあとは探して、もう見つけているはず。

それなのに、今日まで音沙汰なし。

「………ええ?」

師匠がぼくのことを探していない、という選択肢はない。ぜったいに探している。それは疑いもなく断言出来るんだ。

それが師匠がぼくに与えた愛情。

でも、現実に見つけられていない――そこに生じる矛盾。

「どういうこと?」

ぼくは首を傾げながら、窓辺へ行った。

そんなこと、万が一にもないんだけど、もしかして部屋に篭もりきっているからにおいが届かないとか――

窓を開ける。

「んわっ」

ぶわ、と風が吹きこんできて、ぼくは目を閉じた。

強い風。強いけれど、生き物のにおいがしない、死んだ風。

ある意味で嗅ぎなれて、ある意味でずっとずっと嗅ぎなれることがない、ビル風だ。

「………ほわ」

強い風の中、首を外に出してみた。

そういえば、この部屋に来て初めてかもしれない。こんなふうに、外の風に当たるの。

死んだ風になんか当たったって、ちっとも心地よくはないけれど、ずっとずっと霞んでいた頭が少ししゃっきりするような気はする。

目を開けるのは辛いので、耳をそばだててみた。

ぼくはうさぎだ。人間の形をしていても、耳はいい。

久しぶりに聞く都会の喧騒――聞いているだけでこころがごわごわして、乾いていく、――

――卯の花。

風に掠れて、それでも呼ぶ声が聞こえた。

――聞いているなら呼んでくれ。少しでも上がる声があるなら、上げてくれ。

――卯の花。

聞き間違えようない。

師匠の声だ。

遠く、どこか遠くで、けれど風に乗って届くくらいの距離で、師匠が啼いている。

ぼくを探して、悲痛に哭いている!!

「師匠!」

思わず叫んだ。

その瞬間だった。

「なにやってるの、卯の花」

「だれのこと呼んでるの、卯の花」

「ぅわ?!」

ぐい、と肩を引かれて、部屋に引き戻される。叩き壊しそうな勢いで窓が閉められて、ぼくは目を開いた。

口元だけはにっこりして、目が全然笑っていないはがねとたがねがいた。

「たがね………はがね…………」

「そうだよ、卯の花」

「決まってるよね、卯の花」

呼びかけに頷いて、二匹はくわ、と牙を剥いた。

「「なんで俺たち以外を呼んだりするの?」」

「?!」

なんでって………なんで、って…………。

窓が閉められて、二匹が傍にいる。二匹と出会ってからというものの、常に辺りに漂うにおいが、またぼくを包みこむ。

頭がくらくらと霞んで。

考えが、纏まらない…………。

「卯の花には俺たちがいればいいでしょ?」

「俺たちがいれば、卯の花は満足だよね?」

「ん………」

こくっと頷きかける。

――卯の花。

声が、蘇った。

力強く、清廉にして清明な師匠の声。

ぼくに名前をくれた、愛情を教えてくれた、師匠…………。

「だ、めだ、よ」

もつれる舌を繰って、ぼくは懸命に首を振った。

「ぼく、帰らない、と。ぼく…………」

口にする言葉に、自分でひどい違和感がある。

それこそが正しいことのはずなのに、どうして帰る家がここじゃないのかと、胸を掻き毟るほどに抵抗する思いがある。

ぼくの帰る場所は、師匠の傍のはず。

あのひとの傍に、ずっといるって決めたんだ。

あのひとが、弟さんを亡くした傷を癒せるまで、今度はぼくが傍にいて、愛するんだって。

決めたのは、なによりぼくの意思。

ぼくの決意であり、誓約。

なのに――

「「帰るって、どこに、卯の花?」」

「…」

訊き返されて、答えられなかった。

ぼくの居る場所は、二匹の傍だって、帰る場所も住む場所も、全部二匹の傍だって。

うるさいくらいに叫ぶぼくのこころ。

同じくある、師匠の元に帰らなければ、というこころ。

せめぎ合うこころに挟まれて、ぼくの咽喉は塞がった。

「だれのところに行こうっての、卯の花」

「俺たち以外のだれを選ぼうっての、卯の花」

たがねとはがねが問い詰めるけれど、ぼくは答えられない。

答えられないぼくに、二匹は牙を剥きだして笑った。

「「赦さないからね、卯の花!!」」

「っっっ!!」

びくりと竦んだぼくのからだが、荒々しくつまみ上げられ、ベッドへと放られる。力の差があるとはいえ、これはあんまりな扱いだ。

ベッドにぺしゃんと潰れたぼくに、二匹は素早く伸し掛かって来た。

「どこかへ行こうなんて、そんなこと考えられないようにしてやる」

「どこかへ行こうなんて、そんなこと出来ないようにしてやる」

「はがね、たがね!」

怯えて叫ぶぼくにも、二匹が構うことはない。初めて会ったときこそ乱暴にされたものの、それから今日まではやさしく丁寧に扱ってくれた、それすらもなくなった。

力任せにからだを抑えこまれて、尖る爪が皮膚に食いこむ。咬みつくようなキス、という言い方があるけれど、まさに実際に食い破ろうとするかのように牙が立てられる。

「いたぃ、いたいよ、たがね、はがね!」

ぼくの鼻に、血のにおいが届く。

悲鳴を上げるぼくに、二匹は笑い声で応えた。

「なに言ってるの、卯の花」

「そうだよ、卯の花」

笑いながら、二匹はぼくの下半身へと手を伸ばす。

「「ここ、ちゃんと反応してるじゃん」」

「っっ」

オスの証を強く握られて、ぼくは涙目で仰け反る。

でも、そうなんだ。

ぼくのこころは痛みと怖さに悲鳴を上げているのに、ぼくのからだはまるで、気持ちいいみたいに反応している。

初めてのときもそうだった。

痛くて怖くて、それこそ死にそうだったのに、ぼくのからだはぼくのこころを裏切って、気持ちいいみたいに反応していた。

「そうだよ、卯の花きっと、痛いの好きなんだ」

「痛くしてあげるとうれしいんだ、卯の花」

「ちがっ、あ、ぁうっ!!」

否定しようとするのに、悲鳴で消える。

ここ数日ですっかり性感帯へとつくり変えられた胸元も、爪を立ててつねり上げられる。もぎ取られるんじゃないかって痛みが走って、ぼくのこころは竦み上がったのに…………。

「ほら、またおっきくなった」

「ほんと、どんどんおつゆもこぼれてくる」

「ひぅうっ、ぃやあ………っっ」

握られたぼくの雄は、きつく締め上げられているのが辛いくらいに膨れ上がっていく。からだに走る電流は、痛みをすぐさま気持ちいい、に変換してしまう。

「もっと痛くしてあげようか」

「ずたぼろにしてあげようか」

「「どこにも行けないように」」

二匹は人間の姿になってすら鋭い爪で、ぼくの肌を引き裂いて行く。傷は浅くても、痛い。滲む血のにおいは、時間を追うごとに濃厚さを増していく。

「ああ、やっぱりおいしいねえ、卯の花の血………」

「やっぱり新鮮なのがいちばんだよねえ、血っていうのはさ………」

「ぃた、いや、あ、たがね、はがね!!」

引き裂かれた肌を、二匹の舌が這い回る。傷口を舐められる痛みと、同時に駆け昇って行く、誤魔化しようのない快感。

いったいどうして、ぼくはこんな、痛いのが好きだなんてこと、今までぜったい…………。

混乱する瞳から、滂沱と涙がこぼれる。

「あは、泣いちゃった、卯の花」

「泣いてるね、卯の花」

血生臭い二匹の舌が、ぼくの顔へと伸びてきて、涙を舐め取る。もともと糸のように細い目をますます細くして、二匹は口を裂いて笑った。

「「泣くほど気持ちいいんだねー」」

「ち、が…………っ」

否定は言葉にならない。

笑いながら、二匹はぼくの肌を引き裂き、牙を立てる。胸だけでなく、腹も、背中も、腕も足も。

全身くまなく傷だらけにされて、部屋の中は血のにおいでいっぱいになる。

もともとが、血に弱いうさぎのぼくだ。

それが自分のものだとか関係なく、においだけで気持ち悪さに頭が眩む。

そして実際それだけの血を流しているのはぼくで、からだから血も足らなくなって二重に眩むという、救いようのない事態。

「ねが、ぃ、おねがい…………はがね………たがね…………っ」

大きな悲鳴は上がらなくなって、掠れ声で嘆願するだけになったぼくに、はがねとたがねは顔を見合わせた。

「お願いされたよ、たがね?」

「お願いされたね、はがね」

「「この場合、お願いっていったらやっぱり」」

笑って頷き合って、二匹はぼくの下半身へと手を伸ばした。

これだけ血を流して、頭は気持ち悪さに眩んでいるというのに、しっかりと勃ち上がっているぼくのオスを素通りし、その奥――何度も何度も二匹の精を受け止めてきた、場所へ。

繊細なつくりの二匹の指が、ひくつく窄まりに触れる。

「ぱくついてる」

「物欲しそうだね」

「んゃあ………っ」

この期に及んですら、ぼくの口からは甘く染まった声が漏れた。

ここ数日で、ぼくのそこはオスを呑みこむことをすっかり覚えた。指が触れるだけで背筋が震える。

痛くて堪らないからだなのに、自然と指が入りやすいように向きが変わって。

「欲しいって、ひくひくしてんよ、卯の花」

「入れて入れてって、おねだりしてんよ、卯の花」

「ぁあぅ………ふゃあ……っ」

笑う二匹が体勢を変え、そこに口を寄せる。

たっぷりと唾液を乗せた舌が襞を開くように窄まりを舐めた。交互に口を寄せて舐めて、垂れる唾液を指で中へと押しこむ。

押しこみながら、そこが緩むようにやわらかに揉まれる。

からだ中、傷だらけで痛くて堪らないのに、神経がそこに集中してしまう。気持ち悪さに眩みながらも、そこに入れて欲しいとおねだりしそうになる。

「どう思う、はがね?」

「いいんじゃない、たがね?」

派手な水音を立てて舐めていた二匹が、笑いながら顔を突き合わせる。

「ほら、ゆるゆるだもん」

「ふにゅふにゅだもんね」

「ぃやあ…………っ」

笑って言いながら、思いきり襞を広げられる。中に空気が入って来るくらいに大きく広げられて、痛みではない切なさに涙がこぼれた。

「もぉ………っ」

堪えきれずにねだる声を上げると、二匹はぼくのからだを持ち上げた。

「卯の花がいいって言ってるしね」

「卯の花がいいって言ったんだしね」

「……?」

頭が眩んでいても、わかるくらいに不穏な予感がした。

わずかに緊張したぼくに、二匹は交互に口づける。血生臭い舌がぼくの口に押しこまれて、たっぷりの唾液が流れ込んでくる。

普通なら、気持ち悪さに吐き出しているはずなのに、においが――二匹のからだから立ち上るにおいが、それをすべて「気持ちいい」に変換してしまう。

「んんぅ………ぁんん……っ」

「そうそう、力を抜いておいで、卯の花」

「緊張したりしたらだめだよ、卯の花」

言いながら、二匹は寛げたぼくの窄まりに、――え二匹、は?

「ひぁ?!」

力を抜いていろと言われても、緊張するなと言われても、無理だ。

いくら寛げられても緩められても、所詮は小さなぼくのからだの付属品であるそこに、二匹は同時に押し入ってきた。

「――っっっっ!!!」

悲鳴は声にならなかった。

痛いとか、レベルを超えている。

「さすがにきっついわー」

「全部入れるのはむりかー」

二匹の息もさすがに上がっていた。けれど、入れられているぼくはそれ以上に。

「っゃ、めて、ねが、むり…………ぬぃて…………っぇ」

呼吸も覚束ないままになんとか訴えたぼくに、二匹はしかめた顔を無理やりに笑わせた。

「「いやだよ」」

「――っっっ!!」

そんな、絶望的なこと、笑って言わなくても。

血の気が引いて意識が朦朧とするぼくのからだを、二匹はがっしりと掴んだ。

「「卯の花がだれのものなのか、しっかりわからせてあげるからね」」

「っっっっっぁ……………………」

からだが持ち上げられる。そして無理やり戻される。じっとしていてすら限界だった二匹のものが、ぼくの中を引きずり回す。

痛みが限界を超えて、意識が灼き切れた。