結果の見えたイクサの末に平氏方が敗れて源氏公が勝ち、武家の世が来た。

おにそしぁ・あめしすて-04-

――それで源氏公が永らえ、盤石の体制を築いていたなら、いくら武家が主導の政治であっても、戦国の世は免れただろう。

いや、せめても源氏公の礎が強固なものであれば、また流れは変わっていたかもしれない。

しかし平氏方によって源氏公の血統は、身内同士相容れることがないように叩き壊され、礎などないも同じだった。

幕府の開祖となった頼朝公がそもそも、重鎮として固めるべき弟たちを捌けず、次々と手に掛けて礎を削っている。

案の定、頼朝公が亡くなると施政は源一族の手を離れ、妻と成り後ろ盾としてあった北条方に移り、さらにそこで源氏と北条の諍いが起こり――

平穏が続くことはなく、世は天下泰平を旗印とした領土拡大の戦国の世に突入した。

がくぽの家とて、その流れに逆らえるものではなかった。

攻めこまなければ、攻めこまれる。

守らなければ、呑みこまれる。

――幸か不幸か、がくぽの父は戦上手な領主だった。長子として生まれたがくぽにも、その才能はしっかりと受け継がれた。

幼い頃から遊びも赦されずに強いられた剣や弓の稽古も、がくぽにとっては苦となるものではなかった。

ただひたすらに鍛錬をくり返し、兵法を学び、多くの知恵を身に着け――

それでも初陣に立ったのが齢も十四のときだから、特段に早いわけではない。

父親は厳しかったが、跡を継ぐべき嫡男を実戦に送り出す時期まで、千尋の谷に倣う人ではなかった。

だから、武芸も兵法もどの武将より秀でていても、がくぽが初陣を飾ったのはごく平均的な元服の年のこと。

初めて出た戦で、初めて本当に他人を殺め、命の危機を体験した。

「これがイクサじゃ、がく」

血に塗れて帰って来た息子を、父親は幼い頃の呼び方で呼んだ――そんな呼び方は、ここ最近はついぞ、されたこともなかったというのに。

おそらくはそれが、初陣を生き抜き、逃げることなく立ち向かった息子を労う、父親の最大の心遣いだったのだろう。

その初陣で、がくぽは敵の将のひとりの首級を上げた。

初めてとしては、過ぎた手柄だ。

なにより、がくぽの持つ素地の良質さを物語っている。

それからは屋敷に止め置かれることもなく、父が戦に出掛けるときには必ず、伴われた。

初めは戦が終わっても血に興奮して猛りが治まらなかったがくぽだが、三度目にもなると昂揚も去り、四度目にもなると――

「……………っ」

鎧兜に身を包んだがくぽは、きり、とくちびるを噛んだ。

煙の臭いがする。

誰かが、屋敷に火を放ったのだろう――棟梁の首級はすでに挙げた。

あとはもう、知らずに向かってくる将や雑兵を片づけ、そしてなによりも、棟梁の血に連なる男児を見つけて、首級を取るだけだ。

「………っっ」

煙が臭い、怒号が漏れ聞こえる、しかし静かな座敷の中。

血に塗れた鎧兜に身を包み、赤い雫を垂らす剣を下げたがくぽは、ひどい逡巡のただなかにいた。

座敷にいたのは、緑なす黒髪が持て囃される現状において、哀れなほどに醜い赤毛の、少女。

そして、その少女の背後に庇われた、まだ齢五つになるやならずやの、あまりに幼い子供――

着ているものが質素でも、その子供が男であることは知れたし、なにより肌艶の良さから、先ほど首級を挙げた棟梁の嫡男であろうことは、容易く知れた。

世は戦国だ。

情けを持っては、イクサに生き残れない。

ほんの幼い子供ですら、懐に剣を忍ばせ、こちらの油断と隙をついて命を狙ってくる。

ましてや棟梁息子ともなれば、たとえ齢五つ足らずであろうとも、情けは一切無用。

いみじくも、源氏公自身が証明したことだ――平氏方が情けを持って拾った幼子の命が、後々に一族を滅亡へと追いやった。

ここで刀の露と為さなければ、がくぽが足を掬われる。

「………っ」

「………っ」

がくぽは葛藤のあまりに荒い呼吸をくり返しながら、自分と同じくらいの年であろう少女と睨み合っていた。

気の強い娘だと思う。

残念なのは、あまりに醜い赤毛であることだが、面立ち自体は整っていて美しい。

その美しい顔を憤りと使命に上気させて、血刀を下げるがくぽを臆することなく睨みつけてくる。

こんな年の姫がいるという話は聞いていないから、おそらくは棟梁息子のねえやか。

決して怖じ気ることもなく、その華奢な身を盾にして庇っているのは、逃がすための工作だろう――質素な着物に身を包んだ、あまりに幼い少年だ。

首級を挙げた父親である、一見からして武将であった亡き棟梁の面影は、あまりない。妻として貰った、京の姫であるという母親に似たのか、幼いにしても性別の曖昧な、やわらかな面立ちだ。

少年もまた、血の臭いや色に怯える様子もなく、いや、どこか今の事態を理解していないような不思議そうな表情で、がくぽを見ている。

澄んで、きれいな瞳だった。

「っ」

がくぽは剣を握る手に、力を込める。

これより前のイクサで、子供を斬った。女も斬った。

初めてでもない、今さら怖じ気づくことなど、なにもない――

それでも。

「情けを乞うてもよろしいですか、お武士さま」

「カイトさまっ」

ふいに、少年がねえやの背後から出て来て、まっすぐとがくぽに対した。

ねえやが慌てて少年を連れ戻そうとするが、彼は手振りのひとつで、年上の少女を治めてしまった。

そして再び、葛藤するがくぽを澄んだ瞳で見上げる。

「命乞いをさせてください、お武士さま」

「…………命乞い、だと」

瞬間的に血が沸騰するような気がして、がくぽは低く地を這う声で、問い返した。

仮にも棟梁息子でありながら、いくら幼いとはいえ、命乞いをするのか。

そう思えば、躊躇いも葛藤も忘れ果て、このみっともない相手を、簡単に斬り殺せるような気がした。

放たれた殺気はあからさまで、いくら道理のわからない幼子でもなにかしらの気配は察したはずだが、少年は小揺るぎもしなかった。

ただ、肩に取り縋ったねえやの手に、小さくやわらかな手を添える。

「はい、命乞いです」

はっきりきっぱりと言い切って、少年は軽く頭を下げた。

「名乗りが遅れました。身はカイト。始音カイトと申します。棟梁たる始音家嫡男にございます」

「………」

幼いとはいえ、命乞いをするような、武士の風上にも置けない相手だ。

いくら礼儀であっても、こちらも名乗る義理はないような気がした。

それでも、がくぽは躊躇いにくちびるを震わせた。

少年――カイトの言葉遣いはしっかりとしていて、考えの浅い子供の気配がない。なにより、浅慮な子供であれば、今の血まみれのがくぽを前にして、こうまで気丈に振る舞えようはずもない。

躊躇って喘いでから、がくぽはくちびるを開いた。

「我は神威。神威がくぽ――此度のイクサで其方と対した棟梁、神威家嫡男だ」

「っっ」

がくぽの名乗りに瞳を険しくしたのは、ねえやだった。

前に出ていたカイトの体を抱きこみ、後ろに連れ戻そうとする。

「メイコ、大丈夫だから」

「でもっ」

「ね?」

「………」

動揺するねえやを、カイトは穏やかに諌め、再び治めてしまった。

そのうえで、がくぽへとしっかり瞳を合わせる。

「名のある方とは、お見受けしておりました――神威家の『幼鬼神』でいらしたのですね」

「………そのようなことは、いい。それより……」

低く、けれど素早く言葉を投げたがくぽに、カイトはこくりと頷いた。

長々と、世間話で潰せるような時間はない。

今でこそ、この座敷まで入りこんでいるのはがくぽだけだが、すぐにも他の武将や兵がやって来るだろう。

そして、始音家に連なる血を――

「神威様にお願いでございます。どうぞ、このメイコのことは、見逃して欲しいのです」

「カイトさまっ」

主が吐き出した言葉に、ねえや――メイコが、慌てて取り縋る。カイトは少女を振り返ることなく、静かにがくぽを見つめ続けた。

「ねえやを、か」

「はい」

問い返したがくぽに、カイトははっきりと頷いた。

頷いてから、少しだけ笑う。

「『ねえや』ではなく、『めのと』ですが。………『ねえや』と呼ぶと、怒られます」

「……」

訂正の言葉に、がくぽは軽く瞳を見張った。

少女は、がくぽと同じくらいの年に見える。まだ、子を生した経験などなかろうに――

そのがくぽに、カイトは真面目な顔に戻って相対した。

「身の首級まで拾えとは、申しません。ですが、どうか――たとえメイコが、あなたさまに剣を向けることがあっても、どうぞ、命は取らずに見逃して欲しいのです」

「………」

「カイトさまっ、そのようなっ」

メイコが懸命に叫ぶが、カイトが揺らぐことはない。揺さぶられて小さな体が堪えられずにふらついても、瞳には迷いもなく、しっかりとがくぽを見据えていた。

「私は、あなたさまと引き換えに永らえるなどっ」

「メイコ、イクサの世の習いです………ここで棟梁の嫡男たる身の命を拾うことは、出来ません。ですが、同時に思います。イクサの世の習いとはいえ、散らす命は少なければ、それに越したことはないと。あたら若い命を散らし、踏みつけて、先の世に繋がりますかですから………」

「それでもっ」

言い諭す幼子に、幼いめのとは血相を変えて詰め寄る。

カイトの提案を吟味していたがくぽは、ひとつ、大きく息を吸った。

腹を膨らませ、それから、長くながく時間を掛けて吐き出す。

体からすべての気を吐き出して、そのついでに頭の中身も吐き出して空っぽにして、がくぽは奥底に抑圧された自分の答えを引き出した。