印胤家当主の張り巡らせた罠を掻い潜り、回避して進むのは容易なことではない。あっさり一発で引っかかってしまったほうが、まだ楽だ。

なぜなら当主は、手を変え品を変えして、獲物が罠に掛かるまで、負けを認めて斃れるまで、執拗に追い続けるからだ。

知力体力時の運、そして根気のすべてを懸けなければならない相手。

それが、がくぽ――印胤家当主にして、カイトの夫だった。

つづらめうた-02-

「が、がくぽ、さま………」

「そうだろう二つ用意して、ひとつだけ遣ってどうするひとつは無為に捨てるのかたとえば、そなたが小さい方を選んで大きい方が残った場合だが、その中身すべてを潰して廃棄」

「ひぃいっ!!」

洒落にならないのは、がくぽが本当にそうすることに躊躇いがないということだ。

価値にしていくらになるかなど、どれだけの職人が心血注いで作り上げたかなど、いっさい加味しない。いらないなら、捨てるのだ。自分の破壊衝動もついでに満足させるべく、存分に壊して――

つい、小さな悲鳴を漏らしたカイトは、膝に広げていた着物をきゅっと抱きしめた。それから慌てて、生地を伸ばす。

カイトの反応を、がくぽは笑って眺めていた。いっそ穏やかなほどだ。

「というわけで、カイト。遣る」

「ぅくっ!」

淀みなく詰まれて、カイトは息を呑んだ。

一聴、がくぽの言うことはもっともだ。ふたつ用意して、ひとつだけ遣る。では余ったひとつは、どうするというのか――実はもとより、ふたつとも遣るつもりだった、と。

問題は、なぜふたつに分け、初めに選ばせたかだ。そしてくり返すが、贈り主ががくぽだということだ。

残ったひとつは、罠なのだ。中身は知らないが、なにかしら、およめさまを嵌めるための。そう、中になにが入っているのか、わからない。

迂闊に開けられないが、開けずに捨てることもこれ以上なく、危険。

今度の場合、選択肢はあるようで、ない。受け取って、開けるのが最善だ。勝負は、中身を見てからの反応。

「………いただきます」

「うむ」

諦めて小さな葛籠を引き寄せたカイトに、がくぽは子供のように無邪気な上機嫌さで頷く。無邪気とは程遠い邪気の詰まった葛籠のはずだが、こういうところが歪みだ。

ため息をかみ殺しながら、カイトは引き寄せた葛籠を膝に乗せた。当初見た通り、膝が余る大きさだ。とても小さな、小さな小さな――

「んっ」

長く逡巡しても仕様がない。

カイトは息を吸って吐いて、腹を括った。思うに、この短時間で腹を括ったのが、これで三度目だ。ある意味で、因業で鳴らす印胤家らしくはある。

しかし日常、カイトはそうそうここまで何度も、覚悟を強いられることは――

「………………」

蓋を開いて中身を見て、カイトはきゅっとくちびるを咬んだ。ふわふわと、少しずつ少しずつ、頬が朱を刷き、耳朶からうなじから、染まっていく。

この場合、いちばん言ってはいけない言葉だけは、わかる。『これはなんですか?』だ。

わからないと言えば、がくぽは嬉々として、『では教えてやろう』と持って行く。

葛籠の中身は、わからないと言えばわからないが、まったくわからないというものでもない。

納められていたのは、綺麗な装飾の施された小瓶だ。柄の違うものが、二本。それに、大きな葛籠にあったものと遜色ない生地で作られた、綾紐一本。まとめられているので正確な長さは計れないが、腰を二巡ほどは出来そうだ。

加えて、干した洗濯ものを留めておく、木製の小さな洗濯ばさみがふたつ。

そして陽型が、――長さはともかく太さは立派な部類に入る、男性器を象った張り型が、ひとつ。

詰めこまれたものの分類と用途がばらばらだが、最後のひと品が添えられていることで、わかることがある。

一見、関連もなさそうなこの葛籠の中身すべてが、かわいいかわいいおよめさまを、さらに可愛らしく、ついでに言えばこれ以上なく淫らがましく、啼かせるための。

カイトが今、考え得るもっとも賢い方法は、こうだ。

がくぽに向かってにっこり笑い、『ありがとうございます』としらりと礼を告げ→小さな葛籠の蓋を閉めて右に置き→なにか言われるより先に、大きな葛籠から出した着物を手に取って→『ところで、せっかくですからこちらを今、着て見せたいのですが?』と。

最善ではないが、最初の危機は回避可能だ。

小さな葛籠の中身に深くツッコめば、確実に知らない扉を開かせられる。いや、軽く触れることすら、だめだ。

カイトの不得手で、夫の得手な領域だからだ。

まともに戦えば苦戦どころでなく、敗戦は目に見えている。

そこまで読んだうえで、カイトはすでに半ベソに近い、情けない顔をがくぽに向けた。

「なんですか、これ?」

――そなたのようなのを、奉仕精神旺盛と言うのだろうとは、がくぽの口癖だ。自分を危険に晒しても、ひとが望むほう、望むほうへと舵を切りたがる、と。

問われて、がくぽはにっこりと笑った。

「わからぬか?」

嬉々として、訊かれる。さっと腕が伸びて、カイトの腰を抱き寄せた。さらに深く罠に嵌められることがわかっていても、カイトはこと夫に対し、基本的に抵抗を知らない。

大人しく抱き込まれるだけでなく、がくぽの体から立ち昇る興奮した雄のにおいに包まれ、あっさり思考を眩ませた。

「………わかりません」

あえかな声で、告げる。間近に夫を見つめる瞳は、怯えとともに期待の熱に潤んで、揺らいでいた。

吸い込まれるような心地に浸りつつ、がくぽは笑う。カイトの膝に置いたままの葛籠に手を伸ばし、一際存在感を主張する陽型をするりと撫でた。

がくぽの手を追っていたカイトが、ぶるりと背筋を震わせる。くちびるから、吐息がこぼれそうになった。

なんとか堪え、代わりにこくりと唾液を飲んだカイトに、がくぽは殊更に注目を呼ぶ指使いで、陽型を撫でる。

「これがなにかわからぬと言うほど、ねんねなわけがないな、カイト使ったことがないとも、言わぬだろう教えてもやったし、使わせてもやったはずだ」

「が、がくぽさまの、ご自身のもののほうが、好きですっ!」

ねっとりと耳に吹き込まれて、カイトが返した答えはどこか、非常にずれていた。然もありなんだが、言われたがくぽも嫌な気はしないだろうが、返すべきはそこではない。

瞬間、瞳を見張ったがくぽに、カイトはきゅうっと縋りついた。ぐすんと、洟を啜る。

「お道具に、犯されるのは、いや………」

「そうか」

もはや、はなうたでもこぼしそうなほど、がくぽは上機嫌だった。卑猥な手つきで撫で回していた陽型を取ると、葛籠から出して座敷に置く。

「では最初は、控えておこう。そなたが興に乗って、理性を忘れてからな」

「が、がくぽさまっ!!」

使わないという選択肢はないのかと、カイトは詰るように呼ぶ。

「そ、そもそもこれ、お祝いですかっ?!お祝いの品ですか?!こ、こんな、い、いやらしい……っ」

「生まれ日だろうなにかしらひとつ、新しい一歩を踏み出すに良い日だろう。なによりそなたに与えるのは、これ以上ない快楽だ。苦痛を取り除き、もしくはその先にある、天上のな異論もなく、素晴らしく気の利いた祝いの品だと思うが」

「でも俺、使い方わかりませんしっ!!お道具もお薬も好きじゃありませんしっ!!」

――くり返すが、カイトはがくぽによく言われる。そなたのようなのを、奉仕精神旺盛と言うのだろうと。

掘ってほしいところで掘ってほしい墓穴を、気前よく掘ってくれるものだという意味らしい。自己犠牲精神の塊だな、と。

詰ったカイトに、がくぽはにんまりと笑った。未練がましく陽型を弄っていた手がカイトに戻り、きちんと着つけられている着物をつまむ。指先だけが隙間から入って、かりりと肌を掻いた。

「っぁ……っ」

びくりと竦んだカイトがこぼした声は、すでに熱に蕩けていた。着物から抜かれた指を、潤んだ瞳が追う。

にったりと笑ったがくぽは、さりげなくも素早くカイトの膝から葛籠を下ろし、戻した手で顎を掬った。理性の揺らぐさまが如実にわかる瞳を覗き込み、くちびるを寄せる。

「ぁ………」

「使い方なら、俺が教えてやるとも。道具も薬も好きになる必要はないが、癖にしてやろう。好きではないのに求めてしまうと、悶え喘ぐそなたはきっと、殊の外に哀れで、突き抜けて淫らがましく、愛らしかろうな?」

「がく、んっ………っ」

触れ合う直前、口早にささやかれた言葉に、カイトは反論しようと口を開いた。しかしがくぽがすぐさま塞ぎ、反駁のすべてを呑みこもうとばかりに舌を押しこみ、口の中を漁って嬲る。

「ぁ、ん………っん、んんっ………っ」

堪え切れない鼻声をこぼしながら、カイトは身じろぎ、がくぽへと擦りつく。触れて離れて、吸われて咬まれてとくり返し、一度は浮いたカイトの腰も力を失ってぺたりと落ちた。

元々、抵抗のないことはわかっているが、そこまで行ってようやく、がくぽはカイトの体を探り、帯を解いた。ここの手際は、馴れきったものだ。目をやらずとも、厳重に鎖す帯を軽く解いてしまう。

「ん、ふぁっ………」

帯が解かれ、締めつけがなくなった。カイトの呼吸が、一段と浮く。

はらりと無防備に開いた着物から覗いたのは、ぬめるような白に、夫が日々刻むいくつもの花痣を浮かせた、淫靡にも過ぎる肌だ。

まだ十分に暖かいとは言えない空気が触れ、肌を粟立たせたカイトは、熱を求めてさらにがくぽへ擦りついた。

「は、ぁ………」

「………すぐに、寒さなど忘れさせてやろう。熱さに肌を染め、悶え喘がせてやろうから」

くちびるを解き、くったりと凭れかかったカイトの肌を撫でながら、がくぽはささやく。声はやさしく、どういうわけか労わりに満ちて聞こえた。

「ぁ、がくぽ、さま………」

「ああ」

呼ばれて、がくぽは微笑んで頷く。辿る指が、期待だけでぷくりと突き出し始めている胸の突起をつまみ、転がしていた。

もぞつくカイトの動きを利用して、がくぽは抱き方を変える。カイトの椅子とでもなるように、後ろ抱きにすると、着物越しでもぴたりと体を合わせた。

「あ、ん、がくぽ、さま……っ、ぁ、こりこり、……」

「好きだろうそなた、こうして潰して転がしてと、乳首を弄ばれるのが好きだったろう?」

「ん、ん、すき……っ、すき………がくぽさまに、あかちゃんみたいにちゅっちゅすわれるのも、すき……」

「ははっ」

はしたない告白はそのまま、おねだりでもある。指で転がすだけでなく、口に咥えて舐めしゃぶってくれと。

がくぽは笑って、完全にぷくんと勃ち上がった乳首を指先で弾いた。

「ぁ、んっ、だめ………っ、ぁ、ぴんぴん、いや………ぁっ、あ………っ」

弾かれるたび、カイトの腰もびくりと跳ねる。解かれた着物から、直接には触れられもせずに天を衝こうとするカイトの男性器がちらりと覗いた。

確かめて、がくぽは興奮を抑えるように、くちびるを舐める。今すぐに咥えて味わいたいが、それでは堪え性がないというものだ。

なにより今日、がくぽには目標というものがある。もちろん、カイトには勝手に。

「ぁ、がくぽ、さま……ぁ……」

「よしよし………いい頃合いか」

首を仰け反らせ、強請るように見上げるカイトに笑い、がくぽは容易く潰れないまでに硬くしこった乳首をつまんで、捻る。

「ぁんんっ、ん……っ」

瞬間的にきゅっと閉じたカイトの瞼から、わずかに快楽の涙が散った。びくりと腰も跳ねて、体が離れる。

離れた体を抱き直し、己の胸にきつく抱え込んでから、がくぽは放り出されていた葛籠に手を伸ばした。小さな洗濯ばさみを取ると、潤むカイトの眼前で軽く振る。

「がくぽ、さま……」

「痛かろうな?」

「………」

蕩けていても、怯えを思い出して竦んだカイトの体を、がくぽは宥めるように抱き込む。宥めつつ、逃がさないように注意深く。

これまで、この品を『使われた』ことはない。が、カイトにも今までの愛撫で、どこに使われるのかと思い当たる場所がある。

日常の中で、それが持つ力は知っている。やってみたことはないが、訊かれるまでもなく、痛いだろうとは想像がつく。

「がくぽ、さま……」

怯えて呼びながら、カイトは甘えて、すりりとがくぽに擦りつく。

満足そうに受け止めながら、がくぽは未だ勃ち上がったままのカイトの乳首を指先でつまみ、やわらかに揉んだ。

「痛みの先にある、頂上の快楽を与えてやろうからな、カイト?」