「は?」

「かかかカイト?!」

一瞬でむくれたカイトだ。

とはいえ唐突で、しかも脈絡がない。少なくとも、マスターたちにとっては。

カレー粉抜きカレーミルクバター風味-05-

カイトは涙目で、ぐすりと洟を啜った。

「ねこ、ね、ねこなんか滅べばいいんだぁっ!!」

「かかかカイト?!!なんの発作だ?!がっくんナニした?!!」

ある意味、かわいいうさぎさんなカイトだ。叫ぶ内容が、微妙に真に迫っている。

迷いもせずに矛先を向けたへきるに、がくぽは珍しくも困ったように微笑んだ。

「いや、最前、うっかり口を滑らせての…………。テル蔵のことを、愛いと評したのぢゃ。我としては、ねこをつついたようなつもりでの発言ぢゃったのぢゃが…」

愛いじゃありません!!」

口ごもりつつ言うがくぽの言葉を、カイトの涙混じりの怒声が遮る。

「あ、あぃ、あ、愛してるって言いましたあっっ!!」

いつもおっとりしているカイトだというのに、足を踏み鳴らしての絶叫だ。

よほど腹に据えかねたのだろうが――

「ぢゃからそれは、ねこを評するのと変わらぬと……。ぬしに対して言うのとは、まったく違うのぢゃぞ?」

「ねこでもダメです!!がくぽさんが愛してるって言っていーのは、俺だけなのっ!!」

「よしよし……」

ところでお忘れかもしれないが、往来だ。

往来で痴話喧嘩、男同士のカップル。

ひとりはハートの『女』王様で、もうひとりはうさ耳にしっぽ完備のかわいい執事さん。

目立つ。

「ひゃっはがっくん、愛されてるぅっ!!」

「確かに愛されてるけど、カイト落ち着け!!それでいくと、ねこを滅ぼすのはなんの意味もない八つ当たりだ滅ぼすなら先生だろ?!」

それにプラスして、見た目お嬢さま系ツインテ美少女と、どこからどう見てもオタク以外のなにものでもない男の組み合わせ。

見世物以外のなんだと。

しかして全員が全員、視野が狭く、もっと言うと、他人の目を気にしながら生きていなかった。

がくぽとカイトは『見られる』ために造られたのだし、周囲の目を気にするようなら、へきるは変態オタクとは呼ばれない。

さすがに過去の暗黒歴史を晒されるのには抵抗しても、現在進行形の恥には無頓着だ。

そして変質者のせつらは言うに及ばず。

ある意味、ご同類が集まった、お似合いの

「ぉおおおおお?!!なんだ急に寒気がっっ?!」

「どしたの、るーちゃん。風邪?」

「誰かが、俺とせつらを同じカテゴリに入れようとしている!!」

叫んで辺りを見回すへきるに、カイトも叫ぶ。

「世界中のねこと先生を滅ぼす旅に出ます!!」

「いや待てカイト!!なんでそうも頑固にねこを巻きこむ?!」

寒気を脇に除けて、へきるはおろおろとしてカイトを見た。

無類のねこ好きとは言わないが、それはそれなりに愛着がある。

もちろん、やさしいカイトが腹立ち紛れとはいえ、実物のねこに対してひどいことが出来るとはまったく思わない。

が、ノラネコを抱きしめて、「ころさなきゃいけないのにぃっ!!」と泣き叫ぶくらいのことはしそうだ。

世間体なにそれおいしーのとはほとんど口癖状態のオタクであるへきるだが、さすがに。

変態もオタクも許容範囲だが、犯罪者になったなら――つまり、警察のご厄介になるようなことがあったら、全力でツブすと、常々親に言われている。

へきるだけが、疚しいオタクなのではない。両親、その両親の一族郎党、揃って後ろ暗いオタクなのだ。

被害を食い止めるためには、己の息子であっても全力で潰さなければならない。

そういう状況で、カイトがノラネコを抱き、空き地で泣きじゃくっていたら、しかも、「ころさなきゃいけないのに、ころせないよぉっ!!俺はダメロイドだよぉっ!!」とか叫んでいたら、間違いなくロイド虐待の容疑で警察に捕まる。

事情を説明しても――そもそも、他人に進んで説明したい状況ではない。そのうえ、理解が得られるアテもない。

その混迷の状況に、おっとりと口を挟んだのは、せつらだ。

「ねこを殺すって言ったら、やっぱり定番は、井戸に投げ込む、かな☆」

口調は明るいが、言っていることが酷い。

そのまま、せつらはにこにことカイトに笑いかけた。

「水が入ってる井戸なら溺れ死ぬし、枯れ井戸なら首を折って――あ、いや、深さによってはねこ無事か。そうすると………飢え死に?」

シミュレーションしていく内容が内容なのに、せつらの声は弾んで沈まない。

せつらが毛嫌いされる理由のひとつだ。どんな話をしていても、声が沈まないのだ。

くり出される暗黒シミュレーションに、へきるは音を立てて引き、がくぽはカイトを見た。

興奮して真っ赤になっていたカイトは今や真っ青で、その瞳には恐怖の涙が盛り上がっている。

「ね、ねこ、ねこさんに、ひどいことしないでっ!!」

ぐすぐすと洟を啜りながら叫んだカイトに、せつらは肩を竦めた。

「俺はしないよ。カイコちゃんがするんだよ」

「おれぇっ?!!」

――さっきまで、滅ぼす滅ぼす叫んでいたのに、問い返すカイトの声は、驚きにひっくり返っていた。

「お、俺、俺が……………っ」

堪えきれず、カイトはぼろぼろと涙をこぼした。

「ね、ねこさんを………!」

「わあ待てカイト!!しなくていい、しなくていいからそんなこと!!」

心持ち、模造品のうさ耳まで弱気に垂れるカイトに、へきるは慌てる。

このままでは本当に、ロイド虐待だ。それ以前に、カイトが可哀想だ。

「カイトカイトカイトせつらの言うことなんか聞かなくていいんだぞカイトのマスターは俺とせつら、どっちだ?!」

「…っ………っ」

前に回りこんだへきるに肩を掴んで訊かれ、カイトは大きくしゃくり上げた。

「ま、マスター……」

「そうだよな!」

「一聴、謎会話なのぢゃが」

力強く頷くへきるに、がくぽは呆れてツッコむ。

構うことなく、へきるは泣きじゃくるカイトを覗きこんで、笑った。

「なら、俺の言うこと聞くよなあのな、ねこさんにそんな酷いこと、しなくていいから。ねこさんにはやさしくかわいがってあげるのがいちばんそうだろ?!」

「っひっく」

大きくしゃくり上げたカイトの瞳から、新しくぼろぼろと、大粒の涙がこぼれた。

「よか、よ、よかったよぉおお………ま、マスター、だいすき…………っ」

「うんうん、いい子だ、いい子だな、カイト………」

紙袋を持ち替えて、慰めるために頭を撫でようとしたへきるは、そこで固まった。

なにかいろいろ危機的予感がする。激しくする。

「………」

そろそろと視線を彷徨わせると、仏頂面のがくぽと目が合った。

「がっく………」

「理解したぞ」

珍しいことに、がくぽは本気で尖った声で吐き出した。

「確かに、納得ゆかぬの!!」

「が、がっくん…………?!」

なにが?!ともツッコめないへきるに、がくぽは複雑に歪んだ表情を向けた。

「ロイドぢゃからな。それは、マスターのことは『好き』ぢゃろう。好きか嫌いか訊かれたら、我とて答えるわな、『好き』ぢゃと………」

「まさか、がっくん………っ」

そろそろとカイトの肩から手を浮かせるへきるに、がくぽは憤然と足を踏み鳴らした。駄々っ子だ。

「ぢゃがわかっていても、納得ゆかぬのなにやらモヤモヤするのぢゃ!!」

「無茶苦茶言ってるよ、がっくん!!」

「ひゃーっは☆」

へきるの悲鳴に、せつらの笑い声が重なった。

独占欲の芽生えだね、がっくん!」

「めば………ってちょ、がっくん?!精神レベルってそこなのか?!」

へきるはますます悲鳴を上げる。

自覚していないのと、芽生えていないのでは、まるきり意味が違う。

がくぽは憤然とした顔のまま、真面目に頷いた。

「うむ」

「うむって!!」

救いようのない現実を突きつけられて、へきるは卒倒しそうになる。

そのへきるを置いて、がくぽはきりりと爪を噛んだ。

「とはいえこれは、我の忍耐が足らぬだけの問題ぢゃ。カイトにマスターを嫌えとは言えぬからの」

「ほえ?」

涙を拭っていたカイトは、話をさっぱり聞いていなかった。

きょとんとした顔を向けるカイトの肩を抱き、がくぽはにっこりと力いっぱい笑いかけた。

「カイト、一寸ばかり、コイビト同士の語らいを堪能しに行こうかの。ぬしも我も、互いに互いへの愛を十全に確かめ合ったほうが良いようぢゃ」

「ほえ?」

「ものは言いようだ!」

せつらが腹を抱えて笑う。

きょとんとしているのはカイトで、へきるも意味がわからないという顔で、カイトとがくぽを見比べる。

そのへきるへ、がくぽは手を突きつけた。

「ホテル代を寄越せ」

「なんたる堂々とした、たかりっぷり!!」

震え上がり、へきるは一歩下がった。

がくぽの言葉の意味がようやくわかった。確かに『ものは言いよう』だ。

「ちょっと待ってがっくんなんで俺がラブホ代なんか」

ぬしマスター、我ロイド。寄越さぬと言うなら、そこらの道端で語らうが?」

「――っっ!!」

へきるの悲鳴は声にならなかった。

がくぽの言う『語らい』が、耳元で愛をささやくだけに終わるわけがない。

道端だろうが、人目があろうが、まるで気にせず。

とうとうキャラクタの袋を取り落とし、へきるは財布を取り出すと、札束を掴んでがくぽへ突き出した。

実に優雅にそれを毟り取り、がくぽは首を傾げているカイトへと微笑みかける。

「オモシロイところへ連れて行ってやろうの」

「おもしろいところですか?!行きたいです!」

「ぅああ、カイト………!」

無邪気なカイトとがくぽは、恋人同士だ。ラブホテルに行って、悪いことなどない。

ないのだが、なぜか純粋なカイトを悪魔に売ったかのような罪悪感がある。

「良かったねー、カイコちゃんがっくんにいっぱい遊んでもらえ♪」

「はい!」

「せつらぁっ!!」

さらに悪魔がいることに気がつき、へきるは頭を掻き毟った。

「つーかもう、いい加減に仕事に戻れよ、せつら!!いつまで遊んでんだよ?!」

金切り声を上げたへきるに、せつらは明るく笑った。

「あーそうそう。そろそろ戻らないと、さすがに休憩で誤魔化せないよな」

すでに誤魔化せる域を超えているはずだ。

軽く天を仰いだせつらは、そのまま、美少女スマイルをへきるへと向けた。

「るーちゃん、俺、着の身着のままで来ちゃった電車賃、恵んでwww」

「っっっもう、ほんとにおまえってどうなってんの?!!!」

戦慄して叫ぶへきると笑うせつらを置いて、がくぽはカイトの肩を抱いて歩き出した。

向かうは大人のアミューズメントパーク、その名も高き、ラブホテル。