トッカータフーガクリアンスセール-02-

さて、仕切り直しである。がくぽはソファへ戻り、カイトはがくぽの膝へ戻り、へきるはソファの前、床に直接正座――

本人の希望だ。座布団もクッションもなし、板間に直接正座で構わないと。

いや、へきるがはっきり口に出して言ったわけではないが、いっさいの疑問も違和感もなく自らその配置に戻ったので、本人たっての希望であると汲み取る。空気を読むとはこういうことだ。

しかしまあ、本人の好みかつ希望でこの体勢であると勝手に汲み取ったので、がくぽの仕切り直し第一声は当然、こうなった。

「それで今日の本題はなんなのぢゃ、Mスターよ」

「なんか新しい呼び方きた?!一瞬スター感でかっこいさげに聞こえるんだけどがっくんが呼んだ以上、んなわけない!!」

最低限のことは理解しているへきるだ。伊達のMスター→違う、マスターではない。

とはいえそのことについてこれ以上、へきるが問い質すことはなかった。問い質したところでどうせろくでもない答えしか返ってこないということも理解しているからだ。

そもそも今日だ。今だ。それはそれなりに思いつめればこそ、へきるもこうしてがくぽに談判すべく姿勢を正して座ったわけで、そろそろほんとうに本題に入りたい。

つまりだ。

「約束を守ってください、がっくん」

「約束――なんぢゃ?」

すぐさま姿勢を立て直し、ごりごりと押しこむように言ったへきるにがくぽはきょとんとした。ポーズではない。咄嗟にほんとうに、心当たりがなにも浮かばなかったのだ。

だいたいにして、がくぽの言うことの九割は思考を経ずに出されている。ロイドだが、概ねのことを思考を経ず、勢いとその場任せでぽんぽこ言っているのが杉崎家のがくぽなのだ。

おかげで容赦なく刺さるささる刺さるが、本人は認識すらしていないという。

そういうわけでたとえ約束をしたように聞こえたとしてもだ、その場任せであって記憶に残していないことも多い。

ロイドであり、物難いサムライ気質と言われる『がくぽ』であったとしてもだ。

特に悪気もなく本気できょとんとしたがくぽに対し、へきるは珍しくも焦れたように叫んだ。

ロイドの秘密機能だよ七つあるとかいう…この間、せつらのいいとことかいう、あり得ない無茶ぶり答えたら、教えてやるって言ったじゃんそんで俺、あり得ないにも関わらずちゃんと答えたじゃんでもまだ教えてもらってないっ!」

「ああ…」

どこか悲痛さすら帯びた訴えに、がくぽは軽く、上目となった。

そういえば先日、そんなやりとりをした。ような記憶がおぼろげにないこともない。

諸事情あってせつら――へきるの悪縁の幼馴染みにしてサイコストーカたる秋嶋せつらを呼び出したかったがくぽが、へきるに求めたのだ。今すぐここでせつらのいいところを言えと。

どうして呼び出したい相手へ直接連絡を取らず、せつらを心底からおそれて厭うへきるへそんなことを求めたのかといえば、別に嫌がらせではない。

遊びを含んでいることは否定しないが、そもそもがくぽはせつらの連絡先を知らないので直接連絡など取りようもないというのがひとつ。

あとは、せつらがサイコストーカだからだ。

それ以上の説明はしようがないわけだが、とにかくへきるはしおおせた。幼少期に運命の出会いを果たしてしまって以降、サイコストーカから受け続けた非情かつ非常識過ぎる数々の仕打ちのなかから、かろうじてこれはという、秋嶋せつらの『いいところ』を、なんとか絞り出したのである。

そのストレス度たるや――

その後の、『召喚』に成功したせつらとのあれこれで、あわよくばそこらへんの記憶もがっ飛ばないかと目論んでいたがくぽなのだが、どうやら裏目に出た。衝撃が過ぎたため、逆に『ご褒美』への執着が強くなったようだ。

さてどうしたものかと思案するがくぽへ、へきるはめげることなく食らいついて行く。

「別に、七つ全部教えろとは言わないよそのうちのいっこ、何番でもいいから…ああいや、九番だけはもう聞いたから、とにかくそれ以外で…」

「…マスターよ」

ソファにふんぞり返るように座るメイドは、目の前、板間に直接正座して哀願するマスターをふっと笑って睥睨した。

「この程度の数も数えられぬのか。七つと言いながら、聞いたのは九番目なぞと…」

「いやこれ、がっくんが自分でそう言ったんだからな?!」

そう、がくぽがまずそう言った――ついでに言えばこの会話は、がくぽがそう発言した当時にも同じようなものを交わしている。七つある秘密のうち九番目と言ったがくぽに、へきるから。

いつものことながら震撼して叫んだへきるにも、がくぽが悪びれることはなかった。

「だからぬしは駄マスターだと言うんぢゃ。ならばそれは七つの秘密には含まれない、どうでもいい事実ということぢゃろう。斯様に詐欺師というのは言葉のはしばしで自らの騙りを明らかとしておるものぢゃ。それを流さず拾えるかどうかが被害に遭うか遭わぬかの境目だというに………この程度の認識力と判断力しか持たぬものがシナリオだの公式発表だののあら探しをしては文句を垂れるなぞ、おこがましいにもほどがある。のう、そうは思わぬか、マスター?」

「っぁああああっ今っ今これまさにこれ騙されちゃいけないのになんか正論っぽく聞こえるぅううっ!!」

しらしらと説くがくぽに、へきるは頭を抱えてうずくまった。

その丸い背中を見るともなしに見つつ、がくぽはさらに思案を進める。

基本、マスター相手に慈悲心など持ち合わせないのががくぽだ。その場凌ぎでした約束でもあるし、守る必要性も実は感じていない。

とはいえ、関わったのはせつらだ。サイコストーカであり、ときに超常現象すら巻き起こす――

「まあ、今回は致し方ないかの。すべて教えろと言われたわけでもなし…」

「教えちゃうんですか?」

膝の上から無垢な声に訊かれ、がくぽは自然と笑みを浮かべた。目をやれば、常に揺らぐ瞳がいつも以上に揺らいでがくぽを見返す。

「そうぢゃの。ひとつだけな。カイトはどれは教えられたくないぬしがどうしてもいやなものだけは、なにあろうともヒミツにしておこうからの」

あやすように言ったがくぽに、カイトはむむうと眉をひそめた。ちょんとくちびるも尖らせると、その前に両手の人差し指を交差させてつくった『×』印を当てる。

「ヒミツは、ヒミツだから、ぜんぶダメです」

「ふ…っ」

ドジっ娘であることが判明している二次元メイドさんのきまじめな答えに、がくぽは微笑んだ。

次の瞬間、その顔にばふんと、大量のティッシュペーパが押しつけられる。へきるだ。そして鼻血だ――

「ぴっ……っ」

ごく間近での鼻血と、その直前のへきるによるティッシュペーパの渡し方だ。

怯えて仰け反るカイトの腰に、がくぽはさりげなく片手を回した。きっとカイトの腰は抜けているから必要もないが、逃がすまいと抱えこんだのだ。

ちなみにもう片手はといえば、どっぷだっぷと噴き出す鼻血を抑えるのに忙しい。

「ぅ゛いの゛ぅ……っ」

訳す。『愛いのう』である。

鼻血を噴くがくぽの声はそうでなくともくぐもりがちだが、今回、渡されて押さえるティッシュの量が多かった。おかげで声がいつにもましてくぐもり、怪しい響きを帯びる。

念のため強調しておくが、『怪しい』だ。『妖しい』ではない。

そうでなくともくぐもるところにさらにくぐもった挙句、やに崩れての発言だ。ますますもってひたすら『怪しい』。

今日のがくぽは美人なだけでなく、実に有能そうなハウスメイド姿だというのに、いつもながら台無しもいいところだ。

「ああもう………なんでうちのがっくんはこうなっちゃったかなあ……」

すんでのところで膝上のカイトが血まみれとなる事態を防いだへきるが、がくぽの鼻血が止まるまでの時間潰しに窓の外を眺めながらぼやく。

それはもちろん、マスターのみならずその父母にその父母の一族にと、連綿と引き続くオタクの家系によるあれこれが表出した結果だろうという話だが、しかしだ。

「ん゛…?」

いつもであればさらりとそうやって流すがくぽが、ふと閃いた顔で瞳を見開いた。

花色の瞳が、膝上でがくぶるしながら鼻血が止まるのを待つカイトをちらりと見て、まるで他人事の風情でのんきに窓から外を眺めるへきるへ視線を移す。

次の瞬間、くちびるが性悪ににたりと裂けた。が、これは分厚く覆うティッシュに隠れて膝にいるカイトにすらわからなかった。

しばらくしてようやくティッシュを外せたとき、当然のことながらがくぽは平静を装っていた。真っ赤に染まったティッシュを上手に屑籠へと投げ、カイトが取ってくれたウェットティッシュで血のりをきれいに吹き取る。

その口角は微妙に上がっていたが、これはだいたい、いつものことだ。不機嫌に口角を下げているときが少ないのが、杉崎家のがくぽの美点のひとつなのだから。

「ではマスター。仕様がないからの、我らロイドの秘密機能、その一を教えてやろう」

「「えっ」」

なにごともなかったかのように言いだしたがくぽに、へきるとカイトの驚きの声が重なった。

が、もちろん理由は違う。

カイトは、先から言うように『ヒミツはヒミツだからヒミツにしないとだめ』なのに言うのかという。対してへきるはといえばだ。

「ここに至って一でてきたっ?!」

――これまでのがくぽの振り方だ。七つあるうちのいくつを教えてやろうというときに、素直に一から数え上げることもなければ、連番にすらなっていないこともあった。果てには七を超えて九だとか。

へきるとしても粘るつもりではいたが、すんなり教えてくれるうえに、まさか順番に一を持ってくるとは思わなかった。

どのみち教えてもらうのはひとつだけだし、その番号がいくつであろうとどうでもいいといえばどうでもいいが、なにかこう、新鮮な驚きと、どうしてか居住まいを正したくなるような感覚がある。

それで、素直に正座し直したへきるを、がくぽは相変わらず、ソファに軽くふんぞり返るようにして睥睨した。

そのがくぽの胸元に、カイトがそっと、取り縋る。

「がくぽさん…」

不安そうに揺らぐ瞳を覗きこみ、がくぽは嫣然と微笑んだ。カイトの顎をやわらかに撫で、なだめるようにゆっくりとくちびるを開く。

「しかしの、カイト――『マスター』としてしまった約束だしの。なにより少しぅ、マスターには自覚を持ってもらわねばならん」

「自覚?」

なんのだと首を傾げたのはへきるで、カイトはやはりがくぽを見つめたまま、こくんと小さく頷いた。

「はい…ヒミツはヒミツにしないとだめだけど、マスターとした約束も、守らないとだめです…」

「うむ、そうぢゃ」

きまじめに頷き返してやったがくぽからマスター:へきるへ揺らぐ瞳を移し、カイトはぐすんと鼻を啜った。

「でも、ヒミツですからね、マスターヒミツにしてくれなきゃ、いやですから…」

「えっ、いやそれはもちろんっもちろんもちろんっ誰にも言わないしどこにもカキコもしないしっ!!」

涙目の二次元メイド→違う、カイトの求めに、へきるは何年ぶりかというほど直ぐに、猫背を伸ばして誓った。

そのへきるを確かめ、カイトは再び、がくぽへ目を戻す。揺らぎながらも覚悟を呑んだ瞳が、それでも困惑を消しきれないまま、最愛の性悪を映した。

「それで、がくぽさん………ひとつめって、なんでしたっけ?」

「うんカイトぉおおお………っ」

思わず頭を抱えてうずくまったへきるだが、ところで思い出してほしいのは、今のカイトはメイドコス中であるということだ。それも、がくぽが古式ゆかしいハウスメイド装束であるのに対し、カイトのほうはミニスカにフリルエプロンにニーソックスという、二次元型の。

そして先に判明したメイドとしての属性は、ドジっ娘――

カイトはいつもの天然ボケを発揮しただけだが、しかして偉大かな、コスチュームと属性の付加威力。

これだからコスプレは止められないのよという、母親の高笑いを聞いたような気がしたへきるだ。逃避だ。そうでもしないとほんとうにまずい。前かがみのまま、がくぽのお話を拝聴することになる。

そしてもちろん、そういった状態のマスターをいつまでも放っておいてくれるうちのがっくんではない。

ので、なにがなんでもがくぽが話し始める前には起き上がれる状態にならねばならない。どこがどういう状態でどうならなければならないのかという説明は割愛するが。

そういううちのがっくんながくぽといえば、一瞬、唖然としたものの、しかしカイトだ。だいたい五分五分くらいでこうなるだろうと予測してもいたから、すぐに立て直した。

なによりこれはこれで、好都合なのだ。

「うむ、そうぢゃな、カイト。ではぬしは復習として聞いておれ」

――という。

がくぽが『ヒミツ』を明かすのを単に聞いているだけだと、カイトの精神的な負担は相応に大きくなる。先から言うように、ヒミツはヒミツなのだからヒミツにしておかないといけないという原則に逆らうことになるからだ。

が、これでカイトにも『聞く理由』ができた。

欺瞞でしかなくとも、『理由』があれば精神的負担はずいぶんと軽減する。

無為な争いを避け、かつ、恋人にいらない負担をかけることも回避できたがくぽはそこそこ上機嫌でマスター:へきるへ目を戻した。

まだうずくまっていた。

――が、がくぽはそこそこ上機嫌だったため、うずくまるへきるをとりあえず不問に処してやった。

それで、委細構わない風情でくちびるを開く。

「その一はな、まさに初めらしく、我らの起動に関することぢゃ」