「たっだいまーん」

「お帰りなさい、マス………。あーもう………またですか………」

「うんそう、まっただよん」

帰って来たマスターを迎えたカイトが呆れた声を上げ、ばたばたと風呂場へ走って行く。リビングの座卓についていたがくぽとがくも顔を上げてマスターを迎え、きょとんと瞳を見張った。

Your Rich World

「どうした、マスター。いつもへろへろなそなただが……」

「今日はまた一段と、へろへろだな。いや、いつものことだが」

マスターは、ひとりできちんと身支度が整えられない。そのマスターを、なんだかんだと小突き回してカイトがきれいに整えて、朝、仕事に送り出す。

しかし仕事場にカイトはいないので、そこで服が乱れるとそのままだ。

帰って来たマスターは、あまりみっともいい恰好でいたことがない。

それにしても、今日はいくらなんでもへろへろだった。シャツはズボンから出ているし、ボタンは掛け違えている。以前に、そもそもきちんと嵌められていない。そのうえ、頭のセットまで乱れている。

仲良く並んで座っていたがくぽとがくと、座卓を挟んで向かいに座ったマスターはため息をついた。乱れた頭をさらに掻き乱し、疲れきって座卓に顎を乗せる。

「あーうん。今そこで、幼馴染みと会ってさ。そんで押し倒されて、ヤられた」

「…………」

「…………」

さばさばと言うマスターに、がくぽとがくは花色の瞳を見張る。

「なにを考えておるのだ?」

疲れ切ってはいても、いつもと大して変わった様子はないマスターと、そのマスターを『ヤった』という幼馴染み、双方について訊いたがくぽに、マスターは肩を竦める。

「うんほんと、なに考えてんだろぉな、あいつ。ひとの顔見りゃ、ち○こおっ立てて……いたっ」

ぼやく途中で、背後に来ていたカイトがマスターの頭を叩き飛ばした。

「二人に下品な言葉を教えない、この駄馬!!」

「ごめんにゃー」

反省のない言葉で謝るマスターに、カイトは風呂場を指差す。

「いいからさっさとお風呂に入ってください。どうせ中に出されたんでしょうマスターは人間なんだから、すぐに始末しないと……」

「げりぴーだよなー。なんだろな、ガキも出来ないのに、なんで中出ししたがるかなあ」

「違いますよ。子供が出来ないからでしょう。中出しのほうが気持ちいいんだから。ほら、早く腹を下しても、面倒見ませんよ!」

「うぃうぃ」

のそのそと立ち上がり、マスターは風呂場へ行く。腰に手を当てて見送って、カイトは座卓を振り返った。

「お風呂、時間かかるから、僕たちは先に夕飯に……………がくぽがくあれ??」

***

「「なにを考えておるのだ、そなた」」

花屋の店先で綺麗な顔ふたつに揃って迫られて、店主である兄ちゃんは仰け反りつつ、ぼりぼりと頭を掻いた。

「いや、なに考えてるってな………嫁さんにしたいと思ってるけどよ」

その答えに、がくぽは顔を歪め、がくは仰け反った。

「「不憫なやつだったのだな、そなた……!!」」

「いやいや、声を揃えちゃうって、その反応はどうだ、おまえら………」

兄ちゃんはげっそりとつぶやく。がくぽもがくも綺麗な顔をしているだけに、引かれると非常にパンチ力がある。

「だってよ。あーちゃん、かわいいじゃねえか」

「かわいいかわいくないの問題ではない」

「嫁に貰ったところで、マスターは物の役に立たぬぞ」

もごもごとつぶやかれた言い訳へきっぱりと言い返したがくぽとがくに、兄ちゃんはぼりぼりと頭を掻いた。

「別にいいんだよ、俺は。あいつが布団に転がって股開いてりゃ、それで。ああ、布団でなくてもいいわ。どこでもそこでも、ケツ使えりゃ」

「「………!!」」

がくぽは仰け反り、がくは一歩退く。

本気で引いた二人に構わず、兄ちゃんは頭を掻きながら、苛々と吐き出した。

「あーちゃんがなんも出来ねえのなんざ、おまえらより知ってるわ。おむつのときからの付き合いだぞ。その付き合いで、中学んときから、見るたんびにち○こ勃つんだ。しゃぁねえだろうがったっ!!」

言葉の途中でべちんと顔面を叩かれ、兄ちゃんは仰け反った。

叩いたのは、がくぽとがくのマスターだった。

マスターは頭からはぽたぽたと雫を垂らし、拭いたかどうだか定かではない体に、辛うじて浴衣を引っかけているという、先に負けず劣らずアレな恰好だった。どちらにしても、公道を歩く恰好ではない。

「うちの子ぉらに下品な言葉を教えんな、ボケ。俺がカイトに怒られんだろうが」

いつもとはまったく違う荒っぽい言葉遣いだが、言っていることは微妙に情けない。

低く怒りを抑えた声で幼馴染みを罵ったマスターは、花色の瞳を見張るがくぽとがくを見上げた。

「帰んぞ、二人とも。なんも言わねえで出掛けっから、カイトが半狂乱だ。あんま可哀想なことすんなよ」

「ああ、しまった」

「つい我を忘れた」

顔を見合わせて眉をひそめたがくぽとがくに、マスターはわずかに笑う。手を伸ばすと、二人の頭を子供相手にでもするように撫でた。二人が顔をしかめていても、気にしない。

「んじゃな」

「あー、待てまて、あーちゃん」

さっさと踵を返そうとする幼馴染みの肩を、兄ちゃんが掴む。比喩でなく水が滴る相手を、困ったように眺めた。

「もう一発」

「んなにヤったら俺が明日、仕事にならねえだろうが。仕事にならねえと、カイトが怒鳴りこみに来んぞ」

「仕様がねえなあ…………」

カイトに弱いのは、商店街の住人の定めだ。

渋々と手を離したものの未練げに眺める幼馴染みに、マスターは同情することもなく笑って、踵を返す。

ひょこひょこ、微妙に不安定に歩くマスターの傍らを、がくぽとがくは挟んで歩いた。

「おぶってやろうか、マスター?」

「慣れてるから平気だ、これくらいの距離は」

訊いたがくぽに飄々と答えてから、マスターは身を折って笑った。

「………正気か、マスターそれとも、腹が洗い切れていなくて苦しいのか?」

気味悪げながくの問いに、マスターは喘鳴とともに身を起こした。

「……や。おまえらって案外、俺のこと、好きなんだなーって。カイトのことしか、眼中にないのかと思ってた」

笑い声とともに吐き出された言葉に、がくぽとがくは顔を見合わせる。それから、呆れたようにマスターを見下ろした。

「当たり前のことを言うな、マスター」

「自分をなんだと思っておるのだ、マスター?」

訊かれて、マスターは頷いた。

「そだな。俺は『マスター』だ。………でもまあ、たまには悪かない」

「がくぽ!!がく!!」

マスターのつぶやきを掻き消すように、悲痛な声が響く。アパートの階段から身を乗り出すカイトに気がついて、がくぽとがくは慌てた。

「「カイト!!」」

マスターを置いて駆けだすがくぽとがくの姿を認め、カイトも階段を駆け下りる。飛びついた体が、二人に抱きしめられて、キスの雨に晒された。

「……うん、ほんと。悪かないなあ、こういう日常」

マスターは満足げに頷き、ひょこひょこと自分のロイドたちの元へ歩いた。