とある実況型マスターとカイトの、或る日の会話

「うん、も、なんて言うんだろうん、………………………ジゴクだった……」

おっとりほやほや、いつもの笑みで、カイトは言った。おっとりほやほや、いつもの笑みではあったが、その声音も口調も、微妙に疲れていた。

つまり、仕事が終わってお部屋に帰ったら、リボンまみれながくぽくんが待ってくれてました、と。

仕事が終わったカイトが自分の部屋に帰ったら、全身リボンコーティングしたがくぽが――

そうでなくとも、がくぽ――芸能特化型ロイド/VOCALOID『神威がくぽ』の公式衣装は、結構なリボン比率だ。

髪結いにしても、長く垂らしたサイドをリボンでまとめていることが多いし、後ろで一本、高く括ったのも、仕上げでリボン結びにすることが多い。

羽織の前袷もリボン結びで留めているし――腰紐となれば、あれはほんとうは縁起結びのひとつであって、正確には『リボン結び』ではないのだが、現代知識で一見すると、そうとしか思えない結び方をしている。

そういう感じで、ふと気がつくとリボン比率の高い衣装が公式さんであるがくぽだが、今日はそこにさらに、意図的にリボンをマシマシ増量で加えていたと。

たとえば、がくぽシリーズであるのだが、なぜかカイトと――KAITOとおそろいの、長いマフラーを首に巻いていた。リボン巻きで。

ブレスレットもしていたのだが、否、ブレスレットかと一瞬思ったのだが、よく見たら両の手首にくるくると紐を巻き、リボン結びで留めていたのだった。

足首も同様だ。アンクレットならぬ感じで、くるくるちょこんと、かわいらしくリボンが結ばれていた。

「あ。そういやなんか、おもってたよりがくぽって足首、ほっそいんだーって。それ見ておもった。まあ、いつもはブーツ履いてるし、そこって誤魔化されがちなんだけど。あー、おもってたより、ほっそいんだーって」

――足首にリボンを、どういうふうに巻いた結果、カイトがそう思うに至ったかは、置く。

が、とにかくそういう感じでがくぽは、リボン比率高めな自らを、さらにごてごてと、追いリボンで飾り立てた。

それで勝手にカイトの部屋に上がり、カイトの帰りを待っていたと。

「んぅうんふほーしんゆーじゃ、ないよだって、カギ、あげてあるもん。いつでも、好きなときに来ていーよって。だからがくぽが部屋にいるの自体はけっこー、ふっつーのことだし」

そういった判断は、各自に任せるところである。防犯面や諸々から言いたいことのある向きもあろうが、基本、他人の口出す――

「てか、ふっつーじゃないっていうか、むしろ日参しろって、言ってるの。ひいてはめんどーなので、いっしょに暮らしませんかって。でもがくぽ、いっしょに暮らさないどころか、そんなに行ったらメイワクですからとかで、日参もしないんだけど」

――そういった判断は、まったくもって各人に任せるところである。基本、他人が口を出すべきところではない。

もしも出さんとするなら、相応の覚悟が求められる。たとえば馬に蹴られるだとか、そうでなければ教皇のラバに蹴られるだとか、さもなければロバに――

とにもかくにも、その『ふっつー』の日々に、がくぽがそんな、いわば、『ドレスアップ』して来ていたことは、そうそうないと、カイトは言う。

しかし今日のがくぽは、ただ、待っていただけではなかった。公式の衣装を漏れなく正しく着こんだうえで、追いリボンで飾り立て、カイトの帰りを待っていたのだ。

そして曰く、だ。

「『お帰りなさいませ、カイト殿!』って………」

そこで、カイトの笑顔は微妙なものを宿して歪んだ。なにかを懸命に呑みこみ、堪えるような間を置き、小さく、ちいさく、吐きだす。

「正座で、ね三つ指ついて、言われたっ…………っ」

――親しき仲にも礼儀ありとは言え、だとしてもずいぶんと行儀の良い所作である。胡坐を掻いていたわけではなく、正座であったという、その姿勢のことだが。

瞬間の衝撃を吐きだすと同時に、咽喉の閊えも取れたものらしい。カイトは身を乗り出し、まくし立てた。

「正座でね、三つ指ついてね、アイサツしながらぴょこんってがくぽ頭下げたら、リボンもぴょこんふわふわってなってね?!頭上げたらやっぱり、リボンふわふわって、へにゃんぺしょーじゃんっ?!そしたらがくぽ、ちょちょってやって、リボン整えるのっすっごい手馴れ感でっ鏡ないのにリボンがまた、ふわふわぴょこんで、それでっ………っ!!」

カイトだ。擬音が多い。さらに言うなら、着眼点が若干、独特だ。激情も、やり過ごしきれたわけではない。興奮まま、思いついた順に吐きだす。

なにがカイトにとってもっともポイントであったのか、わかりにくいのは概ねそのせいです。

それで、だ。

そもそもがくぽが、どうしてまたそんな格好でカイトを待ち、出迎えたかの、その理由だ。

「たんじょーびだから」

確かに『今日』は、カイトの――KAITOの、シリーズとしての『誕生日』である。

つまり、とにもかくにもカイトの誕生日であるので、正装かつ盛装でもって、がくぽは――

「たんじょーびだから、プレゼントにちょーだいって。ねだっといたの。がくぽ」

――そこら辺の『根回し』をどうするかは個人の好みというものであって、究極的に他人が指図すべきことではない。

ところでこの場合の『個人』というのは、根回しする側のことはもちろん、根回しされる側のことも含むわけだし、あるいはまた立場を逆に反したうえでの、根回しする側と、根回しされる側のことを含んでもいるのだが。

「うん、そう、好きずきだけど。普段だったら、俺はそーいうこと、しない派。で、今回もね、がくぽ以外にはそういう、しわしわとか、わしわしとか、してないの。でもさ、がくぽには言っておかないとさすがにムリかもって、思ったから。だから、それとなーーーく先に、ねだっといたわけ、がくぽ」

それで、そこまでしてカイトが、がくぽへ強請っておいたものである。

「……えぅんだから、がくぽだって。がくぽ。がぽ。…ね誕生日に、がくぽくんほしいなーって」

――強請っておいたそうである。

そして強請られたがくぽといえば、非常に素直かつ従順に、自らにリボンラッピングを施した。そう、古典的お約束ネタ、『プレゼントはあ・た・しwww』である。

強請るほうも強請るほうだが、贈るほうも贈るほうだ。もう、両想いでいいのではないだろうか。

「えぅん、コイビトだよがくぽと俺、ちゃんとトモダチして、コクハクして、じゃあ今日からコイビトですねって、したもん」

両想いであり、かつ、恋人同士だそうである――

カイトはほわほわぽわぽわと頬を染め、いつも以上におっとりほえほえと、夢見がちな表情となった。中世の乙女画ばりに陶然と、胸の前で両手を組んで吐きこぼす。

「もぉ、ね、がくぽ………がくぽ、ほんと、かわいーの。ちゅーしか、しないんだよちゃんとコイビトになって、合鍵だってあげて、それ使って俺のとこ来るのに、がくぽ………ちゅーしか、しないの。そのちゅーも、くちとくち、ちゅって、くっつけるだけのやつで、ね……?!」

そこまで言って、カイトの揺らぐ湖面の瞳は、夢見がちというより若干、虚ろさを宿した。いや、瞳だけでなく、ほわほわした笑みもくすみ、虚無に堕ちる。

「それでもう、ほわほわぽわぽわのまっかっかーになっちゃって………てれてれぴゃーっで、先に進めなく……て………ぅうんっ、それもそれで、すっごくかわいーからいーんだけど、ねっ………いいんだけどっ……ねっ………っ?!」

ヲトコの生理的にはまったく良くないので、思い余った挙句、誕生日にかこつけて『強請って』みたと。

その結果である。

純真無垢めなコイビトを傷つけず、幻滅させないよう、細心の注意を払ったうえでしたカイトの、『それとないおねだり』に対する、がくぽが出した回答だ。その方向性だ。

「もう、ね………さすが、がくぽだよ、ね………?!漢字むつかしーほうの、ほーこー選ぶとか、かっこかわいいだけでなくてアタマもいくて、そんでもうかわいくって、かわいくってかわいくってかわ………っ!」

――カイトの言いたいことはわからないでもないが、『方向性』という言葉はあれ、『彷徨性』という言葉はない。

『方向』と『彷徨』とは、音は同じでも、たとえば『竜』と『龍』のような使い分けの仕方ができる言葉ではないのである。

が、もちろんほんとうに問題であるのは、そこではない。

「もぉ俺、ジゴク…ジゴクのもーろくしでした………ほんとしんだの………ドア開けてがくぽ見て、三つ指まで突かれた瞬間に、ほんとしんだ。たましい、ぼびゅんってくちから。なんなのあのかわいいイキモノ……?!『かわいいは正義』って、ウソだよねあれウソだよ。だってたましい、持ってっちゃうんだもん。たましい持ってっちゃうの、アクマだもん。がくぽアクマなんだよ、え、なにそれほんとかわいい………!!」

――どうやら、惑乱が過ぎているようである。

カイトが落ち着くまでの間にいくつか註釈を加えておくと、ロイドが生き物であるかどうは、未だ意見の割れるところである。ましてや魂の有無となれば、そもそも『人間』ですら、結論が出ていない。

が、くり返すが、ほんとうに問題であるのは、そういうことではない。

つまり、あまりに純真無垢が過ぎて、反ってもはや地獄の耄碌死もとい、黙示録並みの悪魔と化したコイビト、がくぽである。

結局、カイトはどうしたのか。

「うん。まあでも、せっかくだしって、おもって。がくぽのどーてー、もらっちゃった。だから俺、今、おしりちょっと……ぇへへっwww」

――本懐は遂げたようである。終話。