自堕落に寝そべったオラトリオは、首の向きだけをわずかに変えた。
だらっとした姿勢と、それに相応しいやる気のない表情まま、ぱかんと大きく口を開く。
「あー」
意味もない声を上げながら、そのままかぷりと。
憂愁の和邇と幽囚の兎
「っっ」
びくんと上半身を揺らした相手を、オラトリオは齧りついたまま上目で見た。
揺れたが、相手が痛みに顔を歪めているわけではない。
あくまでも、反射的な――
「…………痛かったか?」
それでも口を離してから訊いたオラトリオを、咬みつかれた相手――オラクルは、戸惑うように見た。
「いや、痛くはないが………」
つぶやきながら、手を伸ばす。床に座ったオラクルに『膝枕』されているオラトリオの頭を、やわらかに撫でた。
髪を梳かれて、オラトリオは瞳を細める。飼い主に愛撫される大型犬といった趣きがあったが、オラクルにそういった知識はない。
ただ、気持ちよさそうだと思う。
機嫌が悪いわけではないと。
だとすると、今咬みつかれたのは、些細な悪戯。
いわゆる、甘噛みとでもいうべきものか。
「………飽きたのか?でも、私はまだ………」
「飽きたわけじゃねえよ。じゃれただけだ」
「………」
だから、飽きたからじゃれついてきたのではないのか。
思いつつオラクルは、『膝』に懐くオラトリオの髪を梳き続けた。
修正――機嫌が悪いわけではないと判断したが、もしかしたら、少しばかりナナメであらせられるかもしれない。
いくら付き合いが長くなっても、思考がリンクしていても、ここのところの繊細な感情をオラクルが正確に読むことは難しい。
なによりも、オラクルにとっての『感情』と、オラトリオにとっての『感情』が違うために――
「………じゃれただけだ、オラクル」
戸惑いはそのまま、オラクルが身に纏う色として素直に表れる。
微妙に瞬くオラクルの髪と瞳を眺めながら、オラトリオは静かに吐き出した。
言葉に嘘はない。
じゃれただけ――体の下に敷かれ、そして頭に枕している、長く伸びるケーブル。
オラクルの下半身に取って代わっている、その大群。
オラクルが=<ORACLE>であり、オラクルは←<ORACLE>に繋がれていると、無言で主張するそれに。
ケーブルだ。いつもの『足』のように、痛覚の設定もしていないだろう。咬みついたところで、痛くないのも道理だ。
預けられるオラトリオの重み程度は感じているかもしれないが、それ以上ではない。
完全なる無機物としての、<オラクル>。
「悪かったって」
戸惑う色を瞬かせるオラクルに、オラトリオは笑った。
「おまえは仕事中だったってのに、膝枕を強請っただけでもアレなのによ。そのうえじゃれついたりして。もう邪魔しねえから………」
「別に、いい」
笑うオラトリオに笑い返すことはなく、オラクルは瞳を伏せる。
瞬く色は戸惑いから、静かに沈む暖色に――
「じゃれたいなら、じゃれても。ただ………」
言いかけて一度言葉を切り、オラクルは軽く首を傾げた。
くちびるが、やわらかな笑みを刷く。ひどく、寂しそうな。
沈む暖色を纏ったオラクルは困ったように、オラトリオへと笑いかけた。
「私に気を遣うな」
言って、オラクルは瞼を下ろす。
オラクルの頭の周囲に多面展開されたウィンドウが、再び速度を増して数式とプログラムを流し出した。
「……………」
仕事に戻ったオラクルを、オラトリオは茫洋と眺めていた。
没頭するオラクルの面は白くしろく、透き通って、――
オラトリオの口が開く。
堪えきれない。
「あ」
意味もない声を上げると、オラトリオは首の向きを変え、オラクルの『足』に再び牙を立てた。