いっしょに寝よう、と言い出したのは、一樹からではない。
そうでなくても子供っぽいのに、そんなことを言ったら、ますます子供くさいし。
トオルが、いっしょに寝てやる、と偉そうに言って、そんな子供じゃねえよ、と言い返して、でも結局なんだかんだで、トオルのベッドに連れこまれて。
He said...-01-
はじっこで小さくなった一樹を、トオルは真ん中に引きずりこんで、子供が遠慮するな、とかなんとか悪態を吐いた。
染みてくる他人の体温は、泣きそうなくらいに心地良くて。わずかに匂うトオルの体臭は、なんだかひどく懐かしい感じがして。
泣きそうになって、一樹は体を丸めて布団の中に潜りこんだ。
わずかに覗く頭を、トオルの手がやわらかく撫でる。
いつもの乱暴さからは想像もつかないほど、やさしくてあたたかい仕種。
サイテイな男なのに、どうしてか女にモテるし、執着されるしで、ひどく不思議だったのだけど。
こんなさわり方をされたら、それは誤解してしまうだろう。
自分は、このひとにとって、なにより大切なたからものなのだと。
あたたかさと、守られている安心感で、久しぶりに眠気に襲われた。寝ぼけた頭は、相手がトオルだとかそういう遠慮を忘れて。
手を伸ばして、そこにいるぬくもりにしがみついた。
頭をすりつけると、くん、と鼻を鳴らして、安心の匂いを胸いっぱい吸いこんだ。
「トオル、だいすき」
つぶやいた言葉は、自分でも覚えていない。
トオルが笑う気配がして、ああ、赦されている、と安堵したら、もう。
一直線に、夢の中へ。
***
「…っ」
あの日は、たまたまだと思っていた。
フォックステイルのことや忌まわしい事件の記憶で、これ以上なくへこんでいて、不安定だったから。
あれでいて、自分に対して意外と過保護なトオルだから、見かねて、いっしょに寝よう、と言い出したのだろうと。
事件が片付くまで、毎晩ベッドに連れこまれていたのも、その延長で考えていた。過保護だなあと思いはしたけれど、それだけ不安定に見えるのだろうな、と。
実際、心細かったのは事実だから、深く考えもせずにいっしょに寝て。
「あ、のな、トオル?」
「なんだ」
至極不思議そうに返されて、一樹は言葉に詰まった。
なんだ、って。
この状況が、そもそも、なんだ、じゃないか?
事件が片付いて、篠原から嵯峨に改名もして。
まだ悲しい気持ちはあるけれど、でも、周りを心配させるような不安定さからは抜け出したはずなのに。
どうしてか、相変わらず、トオルのベッドに連れこまれている日常の存在。
だっておまえ、女のとこ行かなくていいの?
女を連れこまなくていいの?
問いかけたい言葉はたくさんあるけれど、喉で詰まって、声にならない。
「えっと…くまさん持ってきたら、だめ?」
「…」
結局、そんなアホなことを言った。
ベッドの上に正座している一樹に対し、すでに布団の中に潜りこんでいるトオルは、呆れたという様子も隠さないため息をこぼす。
「あのデカイぬいぐるみか?抱き枕がないと寝つきが悪いとか言うのか?」
そんなわけねえよな、と鼻で笑われて、一樹はますます口ごもる。
言いたいのは、そういうことではなくて。
そもそもどうして、いっしょに寝る必要があるのか、ということなのだけど。
今さらといえば今さら過ぎて、訊きづらい。
悩むあまり百面相をする一樹に、トオルは呆れたように言葉を継ぐ。
「抱き枕が要るんなら、俺を代わりにしてりゃいいだろ。実際、ほとんど毎晩そうしてんだし」
「…っ」
だから、それが――その状況を、唯々諾々と受け入れているトオルが、理解不能なのだ。
始めは遠慮して離れている一樹だが、うとうとしてきて判断力が落ちると、どういうわけかトオルに抱きついてしまう。胸に顔を埋めて、しっかりしがみついて。
普段のトオルから考えたら、いくら過保護にしている義弟であっても、男に抱きつかれるのはうれしくないはずなのに。
「だ、から…それじゃ、トオルに、悪い、かなーって…」
つぶやきながら、じりじりと後退する。
トオルの顔が見られない。
疑問ばかりで、どうしたらいいのかが、まったくわからないのだ。
トオルが鼻を鳴らした。
じりじり逃げていく体を追って起き上がり、力任せに布団の中に引きずりこむ。
抵抗する間もあればこそで、あっという間に首まで布団に埋められて、小さい子ででもあるかのようにぽんぽんと叩かれる。
「余計なこと考えてないで寝ろ。電気消すからな」
「え、あ、わ」
なにかを応える前に、照明が落とされて部屋が暗くなる。
闇に慣れない目には、ひとり取り残されたようにも感じられる一瞬。
「ほれ、抱きつきたければ抱きつけ」
「トオル…っ」
布団に潜りこんだトオルが、軽く言いながら肩を抱き寄せた。
ぬくもりと、トオルの体臭が同時に染みこんで来て、足の爪先まで痺れるような感覚が走る。ひくり、と体が震えて、想いを含んだ吐息がこぼれた。
「…別に、抱きつきたくなんて、ないからな」
上擦る声を抑えてつぶやくと、トオルが笑う気配がして、頭を撫でられた。
さらさらと髪を梳かれると、もうだめだ。魔法の手としか思えないほど、気持ちよくて。
言いたい言葉はいくつもあるのに、なにも形にならない。こんなにやさしく扱われたら、誤解してしまう。
自分がだれよりも、トオルにとってのたからものだと。
そんなはずはないのに――この、瞬間が。あまりに心地よくて、しあわせで。
離れられない。
「トオル、だいすき」
気持ちよさにうとうとしながら、つぶやいた。言葉を覚えていられたことがない。いや、自分がなにかを言ったことすら。
トオルが笑い、掬った髪に口づける。耳に吐息が吹きこまれた。
「愛している」
ああ、赦された。
安堵して、一樹は眠りこんだ。