伸ばした手が、空を掴む。
ひらり、身軽にトオルの手を避けた一樹は、油断なく足を鳴らす。
「い、いっしょには、寝ない!」
叫ばれて、トオルは目を眇めた。
He said...-06-
避けられた手をさらに伸ばし、逃げを打つ体を捕まえる。
「も、もぉ、ひとりで寝られるったら!トオルもいつまでも我慢してないで、てきとーな女のひとのとこに………っんんっ」
喚くくちびるは、トオルのくちびるで塞がれる。
閉じようとしても一瞬遅く、ぬめる舌が口の中に。
「ぁ、んん……っふぁ……っ」
不慣れな体には酷な、百戦錬磨のオトナノオトコとの対決。
抵抗もあっさり挫けて、一樹の足からかくりと力が抜ける。
「ぅく………っ」
「毎晩まいばん、飽きもせず。いい加減に観念しろ」
「ふぁ……っ」
立っていられない体を軽々抱え上げられて、今日もトオルのベッドへ。
言葉ほどは乱暴でなく横たえられて、また降ってくるくちびる。
「ぁ………んんぅ………っふゃう……っ」
キスに慣れることがあるなんて、嘘だと思う一樹だ。
トオルのキスは、だんだん悪くなる。
初めはそうでもなかったのに、最近では、ほんのわずかに触れられただけで、体が溶け崩れてしまう。
「ゃだ………っ」
「嫌だじゃない。泣かされたいのか?」
「ぅ………っ」
押し殺した声で訊かれて、一樹は瞳を潤ませる。そんな声にまで痺れが走る体は、救いがない。
「だって…………まいにち………っ。身が持たない………っ」
切れ切れに訴えると、トオルはわずかに掛ける重さを減らした。潤む目尻を撫でて、肩を竦める。
「おまえが逃げるからだろうが。俺は逃がさないと言ったのに。逃げれば逃げるだけ、追い込むぞ」
「……っ」
トオルの執念深さは、身に沁みている。それこそこれまでの日常で、いやというほど。
でもまさか、それが自分に向かって発揮されるとは思わなかった。そして、発揮されたときの厄介さも。
「一樹、愛してる」
「ぅく………っ」
震えた耳に、吹きこまれる笑い声。
「諦めて受け入れろ。それこそ毎晩まいばん、身に沁みこませてやっただろう?」
「ぁ………っ」
記憶を刺激されて、一樹はぎゅ、と瞳を閉じる。
沁みこんだ。確かに。
この体はもう――
「…………とぉる……は」
降参の旗を掲げたも同じな、舌足らずな声がこぼれる。
一樹は潤む瞳で、体に伸し掛かるトオルを見上げた。
「俺のこと、が………好き、なの?」
問いに返ってきたのは呆れ返ったため息で、自分でも一応、ばかなことを訊いたと思った。
思ったけれど、一樹は懸命に、体の上の彼を見つめる。
トオルはばかにしきった目で見返し、傲慢に言い切った。
「ばかが。愛してると言っているだろうが。好き以上だ」
子供の主張にも似たそれに、一樹は大きな瞳を揺らした。
「……………ばかって言ったら、そっちがばか………」
「ひどくされたいか?」
「ゃ……っ」
わざととわかっていても、力強く押さえつけられて、一樹は甘える声を上げる。
愛らしい声にトオルは満足げに笑い、屈みこんだ。
「誰よりも、特別に、愛してやる。おまえだけ………おまえひとりだけ、この腕に抱いてやる」
「………」
そう言うトオルは最近、本当に女性の影がない――一樹ひとりに、構いきりだ。
おかげで一樹が、散々なのだけど――散々、なのだけど。
「…………いつまで?」
問いに、トオルは自信満々に笑った。
「これから先、ずっとだ」
言い切って、揺れる一樹の瞳を覗きこむ。
「だから、受け入れてしまえ。この体のように」
「んゃっ」
撫でられて、馴らされた体が震える。
駄々を捏ねながらも、手が撫でるに任せている肌――毎晩触れる手を、拒めない体。
一樹は手を伸ばし、トオルの首に掛けた。招き寄せて、軽く口づける。
「………仕方ない。トオルみたいなワガママ大王、俺以外に面倒見られないし」
吐き出した降参に、トオルはにっこり笑った。
「よし。ひどくしてやろう」
初心な体に手管を振るうことを躊躇わない男だから、やっぱり、自分以外になんて面倒見られるわけがない。
散々に啼きながら、一樹はことんと納得した。
END