「一義、お尻触ってい?」

ごくまじめな顔をして、担任教師の春木が訊いてきた。

担任教師がごくまじめな顔をしてそんなこと訊いてくる時点でいろいろ終わってる。

論理いんきゅばす

「教師の分際で教え子のケツを撫でたいとかぁ、死ねおばか。ていうかぁ、状況を見て発言してよねぇ今俺、忙しいのぉ。あんたと遊んでる暇ないのぉ。もひとつおまけになんであんた暇そうなのとか考えるだけでムカつくからぁ、死ねおばか2プラス」

喧噪に負けないように声を張りつつ、周囲に響かないように気を遣って罵倒した俺に、春木は感心した顔で頷いた。

「一義は現代っ子だな。そんな簡単に死ねしね連呼されると、ショックを通り越して尊い気がしてきた」

「尊いわけがないでしょぉが。あと一義呼ばないでぇ。苗字かイインチョと呼びなさい」

「やだ」

即答かよ!

子供みたいな返事を恥ずかしげもなくして、春木は椅子に座ったまま、自分と俺の間に立っている美少女メイドを見た。

「そういうわけで柴山、お尻触ってい?」

どういうわけだよ!

ツッコミは美少女メイドこと、柴山にも共通のものだったろう。鋼鉄の無表情が、ぴくりと一瞬歪んだ。

しかしそれ以上崩れることはない。

鋼鉄の鋼鉄たる由縁で、すぐに元に戻って、冷たい声が宣言。

「お触り禁止です」

…言ってることは合ってるけど、も少し違う観点から断れ。

頭を抱えたくなる。前々からずれたとこあるやつだなと思ってたけど、容赦なくずれてるな、ほんとに!

現在、文化祭開催中の我が校、うちのクラスの催し物は「執事あんどメイド喫茶」。

で、クラスの半分がメイドで、半分が執事なんだけど。

これは、全員参加の拒否権なしのあみだ籤で公平に真っ二つにメイドと執事に分けた。

二次元の美形ばかりが集まったクラスってわけじゃないから、はっきり言って店員のレベルは低い。低い通り越して潜ってる。

執事はまだ見られるんだけど、メイドに至っては、俺も含めてお化け屋敷レベル。

そのお化け屋敷レベルのメイドの中で、このレジ担にした柴山だけがひとり、異彩を放っている。

二次元美少女。

彼の親友で、うちのクラスの宣伝部長の言葉を借りるなら、「エロゲ仕様」美少女。

素は地味で目立たない容姿の彼だけが、どういうわけか化けた。良くも悪くも激しく。

見た目だけでなく、立ち居振る舞いの全部が別格。ひとりにしとくと、ナンパの嵐。男だってわかっても、物陰に連れ込まれそうになる危うさ。

なのに本人はまったく無自覚で、無意識という危険の乗算。

というわけで、腐っても教師の春木を傍につけて睨みを利かしてるんだけど。

その春木がそもそも、番犬として役に立っている感じがしない。

おかげで暇を見つけては、こうして様子を見に来る羽目に陥っていて、クラス委員長で忙しい俺としては頭が痛い。

そう、忙しいんだよ。

今すぐプロの客引きか営業でやっていけそうな宣伝部長の剛腕ぶりと、このレジ担の柴山のおかげで、うちのクラスは一年としてはかなり成功した部類に入っていると思うんだよね。

常に満席状態で、客は引きも切らない。

「あのねぇ、柴山のケツ撫でてご覧。教育委員会に訴えてやるからねぇ。だいたい、男のケツなんて撫でてなにが愉しいのさぁ。それともスカート履いてればなんでもいいわけぇ?」

「だって一義が触らしてくれないから」

…頭痛い。

あっけらかんと言うこのおばか教師と会話するのはとても大変だ。なにしろ、電波受信塔を持ち歩かないと言語の解析ができないと、まことしやかに言われているくらいの人物だ。

付き合ってて、そこまでではないとは思うけど、でも、感性が違うってことは確か。

「どこからどう繋がった『だって』なのぉ、それはぁ俺もあんたの教え子ですよねぇ、せんせぇだいたい、どうしてそんなにケツに触りたいわけぇ?」

「パンツが気になる」

「こぉの変態がぁ」

即答とかほんとどうかしてる、このおばか!

ほかの教師が言ったら即、教育委員会に訴えてるとこだけど、春木はあくまで学究の徒然とした顔で、まじめに言葉を重ねる。

「スカートそれだけ短いだろ。さっきからおまえ、パンチラサービスし放題じゃないか。かぼちゃパンツ穿いてるのはわかったけど、その下っていつものボクサーなんだろう。男の娘としてそれってどうなんだ」

「だれが『男の娘』まで極めるって言いましたかぁ!」

パンチラサービスし放題ってなんだ。冷静に観察してるとか、まじめならいいってレベル越えてることに今気がついた!

顔は真っ赤に火照りつつも、目はしっかりと据わった。

「男の汚い下着観察なんかしてなにが愉しいのぉ、変態教師がぁ。いい加減にしないとほんとに」

「観察してるのは一義だけ。ほかのなんか見たって仕方ないだろう。それこそ汚い下着だし」

この教師。減らず口だけは一人前なんだから!

「だから一義呼ばないでぇ。だいたいそれなら柴山のケツ撫でたいのはなんでさぁ」

「一義触らしてくれない→そこに柴山がいる→見た目合格=二次災害。おお、災難だな、柴山こうして見ると一方的に被害を被っていないか不幸の連鎖に先生、もらい泣きしそうだ。美しいのも善し悪しだな!」

「もういっそ、美しい柴山に溺れててくれるぅ?」

疲れ果ててつぶやくと、春木は真顔のままあっさり。

「一義じゃなきゃ、意味がない。一義が柴山並みに恥じ入ってるのが見たい」

「…この腐れ教師がぁ…」

「教師じゃなくて、『俺』として言ってるもん」

もん、て何歳になって口走ってるんだ、このおばか。

なんとかして遣り込められる方法はないか、と模索の末、口を開こうとした俺に、それまで無言の行を貫いていた柴山が出口を指差した。

「そういう話は人目のないところで、二人っきりで、こっそりやれ。俺を間に挟むな」

「真理だな」

「春木ぃ!」

飄々と頷いた春木に噛みつく。

柴山の言っていることは確かに合ってるけど、観点が大間違いだっていうの。

その俺の頭を鋼鉄の無表情で柴山が掴み、場所を移動した。座っている春木の上に乗り上げろとばかりに俺の体を押しやる。

美少女思いもよらぬ怪力。

ていうか、容赦ない。痛い!

「痛いいたい、柴山悪かったってばぁ」

「口先だけの謝罪なんか要らん。さっさとどこへでも行け。ちょっとくらいなら委員長が抜けても回せるだろう」

「…あのねぇ、柴山、問題はおまえなんだけどぉ」

「そんなのより頼りになる番犬が帰ってきたから大丈夫だ」

柴山が言うのと同時に、教室にコギャルメイドが入ってきた。

コギャルって言っても、かわいさは欠片もない。やっぱりほかのメイドといっしょで、どこか笑劇的容姿。

うちの宣伝部長だ。

ちなみに、正式に宣伝部長に就任させたわけではない。気がついたらそんな位置にいたという、イベント大好き人間だ。

女装もノリノリ。似合ってなくても、ノリノリ。

当初の目算では、これのほうが羊頭狗肉的な意味で広告塔になれる仕上がりになると思われてたんだよね。

わりと女顔だし、見た感じ華奢だったし。

でもいざ脱がしてみたら、運動部所属の高校生男子らしい体で、着せ替えてみたら意外と似合わなかった。結局広告塔にはなってるけど。

ちなみにさっきも言ったけど、あれと柴山は親友で、今回も暇さえあれば頼りになる用心棒として、多少暴走気味に柴山の貞操を守っている。

でも一言付け加えると、親友といるときの柴山は鋼鉄の無表情が崩れて無防備な顔を晒すから、色気倍増しで、危険度を更に上げている悪循環。

忠義心の塊の侍のような顔で、柴山は淡々と言う。

「あれと闘って勝ったやつには、尻でもケツでも臀部でも好きなだけ撫で回させてやる」

「柴山ぁ…」

なんの覚悟ねえそれはなんの覚悟なの?

「あれが俺を譲るなら仕方ない。身売りもしよう」

「だからなんの覚悟なの?!」

ここは普通の高校だよ。身売りとか生徒にさせるわけないでしょ?!

頭を抱える俺の腰をがっしり掴んで、春木が立ち上がった。

厳かに言う。

「見事な覚悟だ、柴山。おまえにそれだけの覚悟があるなら先生特に言うことはない。立派に散ってくれ」

「散っちゃったらまずいでしょぉが、このおばか!」

「十五分で戻る」

きっぱりと言うと、春木は普段のへろへろ感が嘘のような剛力を発揮して、俺を引きずっていった。

***

学校中がお祭り騒ぎとはいっても、使われていない教室ももちろんある。資料室とか、準備室とか。

そのなかのひとつ、春木が管理している数学資料室に連れ込まれて、俺は小さく震えた。

あーやだ。すごい期待してるっぽい。

「往復に意外と時間がかかるな」

鍵を掛けながらそんなことをつぶやき、春木は遠慮も恥じらいもなく俺のスカートの中に手を突っ込んだ。

確かに時間はないけど、そこまで即物的ってどうなんだ。

頭の中では罵倒しつつも抵抗するに至らず、好きにさせた足からかぼちゃパンツと本来の下着であるボクサーパンツが抜き取られた。

で、どこかをごそごそ弄って、再び足に下着が通り、きちんと穿かせ直され…。

「よし、これでいい」

「いいいい、いいわけあるかぁ、この変態教師ぃ!」

おかしな感触にスカートをまくって確認して、頭が沸騰した。

どこから手に入れたんだ、っていうかどこに隠し持っていたんだ、女物の下着!

「こんなの穿いてられるかぁあパンツ返せぇ!」

「恥ずかしいか、一義!」

春木は脱がせた下着をくるくる丸めて背広のポケットに押しこみつつ、ぎゃあ、脱いだ下着をポケットに収めるな、このど級変態!

満足そうな春木に手を伸ばしかけて、立っていられずに座りこんだ。

恥ずかしいかって、恥ずかしいわ、これ以上なく!

「なんの罰ゲームだよぉ、おばかぁあ…っ」

「罰ゲームじゃない。恥じ入る一義が見たいだけ。純粋な欲望」

「欲望のまま行動するなぁ、教師の分際でぇ…いい年した大人の癖にぃい…」

「大人らしい欲求の訴求」

「おばかぁあ…っ!」

言ってることは際限なくおばかなんだけど、とにかくへこたれないでぽんぽん返してくる。

こっちのほうは恥ずかしいのといたたまれないので、頭がうまく働かないのに。

「…恥ずかしいか、一義」

身動き取れずに固まってしまった俺の傍らに膝をつき、春木が囁く。背筋がぶるりと震えた。

手が伸びてきて、押さえたスカートの中へ入っていく。内腿を撫でながら、奥までたどっていく手。

「ふぁ…っ」

堪えきれずに声が漏れた。

春木が満足したチェシャ猫の顔で笑う。

後ろから抱えこまれて、足を広げさせられた。まくれたスカートから、薄い布地と、隠しきれない反応が覗く。

尻に押しつけられた布越しの熱に、下半身が痺れた。

「こぉの…変態ぃ…」

恥ずかしくて罵倒すると、春木は頬に口づけた。

「その変態に付き合ってくれる一義の優しさが嬉しい」

「…うぅう…」

優しいといえば、春木だって。どんなに罵倒しても、詰り返されることがない。貶めることを言わない。

こんなことを考えてる時点で終わってるんだけど、大概。

熱の溜まっていく頭に、いっしょに上がる春木の息が吹きこまれる。

「でも、かぼちゃパンツは返してやるな。おまえほんと無防備にパンチラしてるから、だれが見るかわからないし」

「…全部返してぇ…」

「それはだめ。せっかくかわいい一義をお披露目しないなんて有り得ない」

なんでそこを言い切る!

ねちっこい手に追い上げられながら、俺は春木に体を押しつけた。

尻に当たる硬い感触。

潤む視界で春木を見ると、ちょっと困った顔になって耳を噛んだ。

「…十五分じゃ無理だったな…」