はっ。

しまった、魂が飛んでた。

錯乱インベーダー

俺の視線に気がついた達樹が、ぎろりと睨んできた。

でも涙目だ。顔真っ赤だ。

「笑うなら笑え黙って見てないで言いたいことを言えばいいだろう、いつもみたいに!」

心なしか、声まで震えてる。

わあ、そんなに本気で悔しいんだ。でもなんというか、オトコゴコロ的にすごく逆効果。

なんていうの、こう、かえって嗜虐心が煽られるよ、ものすごく。

って、これってやばくね?!

「おい」

「ダレだ達樹さんのメイク担当ぐっじょぶコロス」

「なにを言ってるかわからんわ、この低能!」

なんでわかんないのよ。もう仕事素晴らしすぎてコロスしかないわっていう、この感謝憤激がどうしてわかんないの!

いつものように拳が飛んできて、ちょっぴりほっとしつつも、いやいやこれはほっとしてる場合じゃない、緊急事態と思い直す。

カレシのていそーの危機ですよ!

「で、だれなのメイク担当。ひとこと言ってやらないと気が済まない」

「なにか言いたいことがあるならまず俺に言え」

「押し倒したい」

「…」

言えというから言えば黙るという。

さすがの達樹さんクオリティ。

というか、ほんとだれだ、達樹のメイク担当。なんでよりによって達樹でミラクルな腕発揮してんの!

現在の達樹さんあんどあざーの状態。

明後日からの文化祭に備えて、衣装の仮合わせ中です。

うちのクラスの出し物が、「執事あんどメイド喫茶」で通ってしまったために、メイドさんと執事さんが大量発生中。

メイドさんは一家に大量にいてもいいけど、執事さんが大量発生ってどうなの。

ちなみに、メイドさんと執事さんは公平を期すために、全員参加あみだ籤できっちり半分ずつに振り分けた。

で、俺と達樹は仲良くメイドさんを引いたわけね。

衣装に関しては、貸し衣装屋さんとか、個人の所有物とかを持ち寄ったので、みんなお揃いというわけにはいかなくて、でもまあ、系統はやっぱり昨今流行りの風俗紛いの二次元メイドさん。

かくいう俺も、ミニスカふりふりレースエプロンの伝統的二次元メイド衣装に、金髪のカツラを被ったキャラクター仕様。

でもどういうわけか、みんなからはコギャルコギャル言われる。

イベント事というと燃えちゃう俺は、いの一番に着替えると、宣伝チラシとサービス券を持って、準備に追われる学校をひと巡りしてきたとこだ。

で、帰ってきたらこの悲劇ですよ。

「そんでだれなの、メイク担当。庇うと暴れるよ」

「…和田」

「イインチョかよ!」

俺は小さく叫ぶ。

ご本人様もしっかりメイド服に着替えたイインチョは、文句を言うのにとても適さない人物だ。

イインチョなんかやってるくらいだからマジメなんだけど、達樹さんとは違うタイプで、四角四面な優等生というより、融通の利く世渡り上手タイプ。

別に嫌いじゃないんだけど、友達だし。

でも、のらりくらりと躱すのがうまいんだよ。

「とはいえカレシのていそーの危機なので郷田聡は鋭意闘うことを誓います」

「なんの話だ、いい加減!」

「達樹さん、俺のカレシと言ったらだれのことだと思ってんの。柴山達樹以外にいないでしょ。その達樹さんのていそーの危機に俺は、クラス中敵に回しても徹底抗戦する心づもりでおります」

「人間にわかる言葉でしゃべれ、ポンコツ低能!」

なんでわかんないのよ、達樹さん。いい加減ニブイにもほどがあるでしょ!

さっきに比べるとだいぶいつもの調子が戻ってきた達樹は、でも、見た目完璧に変身びしょうじょ。

もうなんていうの、目が眩む半端ない美少女ぶりに、全米が泣くレベル。

達樹は別に女顔じゃないし、そんなこと言ったら、俺のほうがよっぽどかわいい顔してる。

なのに、おんなじような衣装を着て、俺はオカマの領域を出ないギャグレベルなのに対して、達樹は完璧二次元美少女になっていた。

ミニスカふりふりレースエプロンのエロゲ仕様メイド服に、絶対領域重視の白いニーソックス、ガーター付き。

それにカチューシャ付きの黒いストレートのロン毛カツラを被った達樹は、しゃべらなければ女の子以外のなににも見えないという。

それもただの女の子じゃない。美少女、エロゲ仕様。二次元オタがしゃぶりついてさらいそうな。

かわいいかわいい愛でるだけじゃ済まない雰囲気なんだよちょっときつめの顔立ちが、こう、恥じらいに歪んでいるとか、それでもがんばって睨みつけてるとか、征服欲と嗜虐心刺激しまくり。

いやよいやよ言ってられるのも今のうちだぜ、ほんとは好きなんだろ、俺が暴いてやるぜ!

とかなんとか叫びながら襲いたくなる。

いや、低能ならほんとにやる。

人目のないとこにいたら、やらない男はいない。

「…とりあえず、落ち着け」

「落ち着いてる場合じゃないでしょうがなんでわかんないのかな、達樹。自分の姿鏡で見た鏡割れるよ、その美少女ぶり。毒リンゴ食べさせられるよ!」

「だから落ち着け!」

飛んできた蹴りを寸でのところで避ける。

ひゅーっ、と周囲から囃し立てる音。そりゃそうだ、達樹さん美少女、ミニスカ。

ハイキックなんてしたら、みんなが見たいその中身が。

「…っ!」

遅まきながら気がついた達樹が、真っ赤になってスカートを押さえる。さらに、ひゅーっと口笛が高まる。

だって仕種とか、いちいち色っぽすぎ!

「…ふえ」

「いやーっ達樹さんそれはだめだめだめえつうか見んなてめえら文化祭二日前に大魔王降臨すんぞ教室中デストロイして回んぞ?!」

珍しくも本気で泣き入った達樹さんに、俺は慌てた。

ここで女の子みたいに楚々と泣き崩れてみろ、目も当てられない。エロゲ世界にしか存在しない輪○教室とか素で再現できちゃうよ?!

いつも強気で押せ押せなくせに、意に染まない女装なんかで心がぐずぐずに崩れちゃっているらしい。達樹は普段とはまったく違うきらきらしい涙目で、クラスに喧嘩を売る俺を見てた。

あああああ、ちょっぴり恨みがましい目つきが、こう!

「…達樹、ひとつ訊くけど、下着」

「滅びろ」

さっきの反省が生きて、今度は拳が飛んでくる。しかし短いスカートはちょっとの動きで、俺たち男には思いもよらないほどひらひら閃く。

これ、床に物落ちたら拾えなくね腰曲げた時点でアウトじゃん。

「ちなみに俺はかぼちゃパンツ上履きでしっかり男の夢ガード」

「すんな、ぼけ!」

なに言ってんの、大事じゃん、男の夢!

おんなじ男だからわかります。スカートひらりしてわくわく見た中身が、白ブリーフとか、変柄トランクスとかだったりしてみなさい。想像だけでもげっそりだ!

ましてや、俺みたいなどっからどう見てもギャグなオカマコギャルならまだしも、達樹さんくらいの美少女がそれやってみなさい。

がっかりした夢を返せって、俺が相応しいぱんつに変えてやるわって、かえって煽りますよ?

そうだ、かえって煽ってしまう!

「ちょ、本気で教えて。達樹さん、今日の下着なに今なに穿いてんのパンツ一枚パンツ何色よ?!」

「変態かおまえはぁああっ!!」

「ぎゃふっ」

迫ってスカートをまくろうとした頭に、思いきりチョップが入った。わあびっくり。星ってほんとに飛ぶんだ。

立っていられずに頭を抱えてへにゃへにゃと座りこむ。

焦り過ぎて達樹ガードを失念してた。死ななくてよかった。あとで死ぬかもしれないけど。

「あ~う~」

「低能」

吐き捨てる達樹。

うずくまる俺から見えるのは白いソックスに包まれた足だけなんだけど、ほっそいな!

意識したことなかったけど、達樹の足って細い。筋肉がごつごつしてない。勉強ばっかでろくに運動してないから。

俺なんか、顔はかわいいけどそこはそれ、やっぱ運動部体型なんだよ。脱ぐとすごいんです。

そのせいで、かわいい服着てんのにオカマにしかならない。

それにしても、まずいことになった。

このうえ、ソックス脱がしたら毛も生えてませんでしたってなったら、本気で二次元じゃね?

「ちょっとは落ち着いたか」

うずくまったまま考えこんでいると、達樹はひょいと膝を曲げて屈み、覗きこんできた。

俺があんまりにも長いことうずくまってるんで、心配になったんだろう。

乱暴なんだけど、そういうとこがかわいいんだよなあ。

「…なんだ、スコート穿いてんじゃん」

「わああ!」

さっと手を伸ばしてスカートをまくり、俺は一安心。ついでに、今度は油断せずに飛び退って達樹から距離を保つ。

しかしその必要はなかった。

真っ赤になった達樹は、そのままスカートの裾を押さえて、床にぺったり腰を落としてしまっていた。

短くて伸びないスカートをぎゅいぎゅい引っ張って膝を覆おうと無駄な苦労をしながら、まずい、本気で泣き入ってる!

「達樹、達樹達樹達樹ごめんねごめんね、いじめてんじゃないんだよ、むしろその逆」

「もうやだぁ…」

いやあああああ!

か細い声でそんなセリフ吐くとかないでしょ?そんなことする女の子はエロゲの世界にしかいないって知らないの?リアル女の子そんなに弱くないからね!

「たたた、達樹さん。一部局所が非常に危険なんですけど」

「…知るか。おまえなんか滅びろ、カマコギャル」

「今なら俺がなにやっても許される空気。今達樹オンナノコだしここでちょっと俺が暴走しちゃってもダレも責められない」

「いい加減人間の言葉をしゃべってくれ…」

「今の場合宇宙人なのは達樹のほうであってかつてないほど俺はこれ以上なく地球人男子ホモサピエンスでしかないんだけど」

なんでわかんないかな本気で鏡見せたい。

つか見てないのかそこに姿見用意されてんのに!

恥ずかしくって見られないとか恥ずかしがらずに見てみろよ、ほらこんなふうになって。

「ああもう!」

思考回路がエロゲ仕様から抜けられない。

「…結局、なにが言いたいんだおまえ」

焦る俺を見て、かえって冷静さを取り戻したらしい達樹が、ため息を吐く。

そんな呑気にしてる場合じゃないっていうのに!

「どっか駆け落ちしよう、達樹」

「…どこにどう着地した。いや、そもそもおまえ、着地してるか?」

「ベッドあるとこ行きたい。ついでに人目のないとこ」

「…」

うずくまって愚図る俺に、達樹は顔をしかめる。

ああ、絶対領域の偉大さが今しみじみとよくわかる。なにこの誘われ感。

「ベッド無くてもいい。人目のないとこでいい」

「…薄々わかってきた」

それは良かった。ようやく感は否めないけど、わかってくれる達樹で良かった。

これでまったく理解できないとか言い張られた日には、俺はなにをどうするかわかりません。

「なんで普段見せない足とか無防備に晒してくれちゃってんのさ。家でだって見せてくれないのに」

「体育のときには半ズボンになってるだろ」

「半ズボンとニーソが比べものになるか」

「低能が」

しかも半ズボンだったのは中学までだ。高校に入ってからは暑くなってもジャージの長ズボン着用したまんまだった。

中学んときなんか、そんなレアもんだと思ってないから、まじまじ見てもなかったし。

記憶が遠い………。

「コイビトになにかしら報いてあげようという気持ちになりませんか、達樹さん」

「こんなとこで発情するような変態は知らん」

あのねえ…。

「こんなとこだろうがどんなとこだろうが、そこにコイビトがいて発情しないほうがどうかしてるでしょ、高校生男子として。しかもこんな、見えそで見えないとかなんの神試練なの。俺は聖職者になる気はまったくさらさらないからね」

「…」

半眼で宣言すると、達樹が黙った。ちょっとだけ考えて、頭を寄せてくる。

「借り物だ」

「そうですね?」

「汚したら弁償だぞ」

「…まあ」

汚さない自信はないなあ。むしろ汚れてなんぼだし。

なにを言いたいのかよくわからないで相槌を打つ俺に、達樹はほんのり赤く染まった。

「しかも、本番はこれからだ。今、汚したらどう考えてもまずいだろう」

「そうですね」

「今、汚すのはだめだ。わかるよな?」

わかるけど、むらむら来るんだからしょうがない。それが健全な男の子ってもんだし。時と場所とか。

そこで俺は気がついた。

なに、その「今」連呼。

それってうがって考えていい連呼うがって考えるよ「今」じゃなければ、「あと」ならいいって。

期待爛々の目で見つめると、達樹はするりと顔を逸らした。視線だけが、わかるよなと念を押してくる。

「…わかった」

わかりました。ものすごくよくわかりました。超絶理解した!

元気になった俺に、達樹がちょっと後悔した顔になった。遅いおそい。

「でもキスくらいなら」

「時と場所を考えろ」

「だいじょうぶ、今俺たちオンナノコだから」

「意味不明だ」

べちん、と顔面を平手で叩かれる。それほど力はこもってないから、うずくまるほどでもない。

達樹はスカートのお尻に注意しながら、そっと立ち上がった。見つめる俺に、立て、というように顎をしゃくる。俺はよっこいせ、と。

「…ひぎっ?!」

「偶然ぐうぜーん」

起き上がるときに斜めになるのを利用してさりげなく、目の前にあった絶対領域にキスした。

ま、これくらいはね。

「…てめえ」

「暴れると見えるよ、達樹?」

「…っ」

俺は平気だけど、達樹はだめだろう。そういうとこが、変にオンナノコなんだよなあ。

とりあえず。

「あのね、達樹さん。ひとりで行動したら絶対だめだよ。人目のないとことか物陰とか、十分注意して、必ず俺といっしょに行動すること。絶対にぜったいにひとりになっちゃだめだからね」

言い聞かせると、まだ真っ赤な顔のまま、達樹はふい、とそっぽを向いた。

「おまえとふたりのほうが危ない気がする」

「そんなの」

それこそ、そんなの。

「コイビトの俺と、見も知らないオトコと、おんなじ扱いなわけないよね?」

訊くと、目元を赤くして睨まれた。

あー…「あとで」なんて、我慢できないかもしれません。