ぐぬぅ、ここにもなかった。
せめぎ合いの神器と仁義
「くっそぉ、これで十軒目…………!」
きりきりと奥歯を鳴らしながら店から出る。入口のところで、亀の水槽に見入っていた達樹のところに行った。
「……見つからなかったのか?」
「なかった!」
水槽から目を離して訊いた達樹に、俺は唸るように答える。
「じゃあ、次の店か」
腕時計を見ながら達樹はつぶやき、俺の返事を待たずに歩きだした。
っていうか、一応ツッコませてね?
なんで土産物屋の店先に亀の水槽があんの?!それも売り物のミドリガメじゃなくて、「ちーちゃん」とか名札下げた水槽が!そんで、そんなかで三十センチくらいの大きさで、首にぴんくのリボン巻いた亀がぼっへーとしてるとか、もう意味不明過ぎるでしょ?!
もしかしてマスコットキャラなの?!この観光地となんの関連性があるマスコットキャラなのよ?!
「あと、なにが見つからないんだったか」
全力で亀に未練を残しながら横に並んだ俺に、達樹がどうでもよさそうな口ぶりで訊く。
「ペナント!」
土産物街のわりと始めのほうで見つけた木刀とパズルを突き出し、俺は答えた。
「木刀とパズルは見っけたから、あとペナントだけ!あの、三角形の、ひっらひらしたやつ!なんかご当地の観光名所とかが書いてあってさ」
「…………説明されても、よくわからないな」
「だから、こう、三角形でさ」
木刀とパズルを持ったまま、俺は宙に絵を描く。
現在、修学旅行中の俺と達樹さんです。
今は自由行動時間なので、土産物街で家族への土産物を買ってるとこなんだけどね。
俺、今回これが、かなり死活問題なんだよ。なんとしても、木刀とパズル、ペナントを持ち帰らないといけない理由があってさ!
すっごい必死に、土産物屋を端から回ってるんだけど………。
木刀とパズルは見つかったんだよ。
でも、最後の、ペナントが見つからない。
おっかしいよね。
俺の学習した限り、ペナントって言ったら、観光場所問わず、そこが日本である限り、どこの地域にでもある定番土産物のはずっしょ?
なのに、すでに十軒回ったのに、一枚も発見出来てないとか。
「ほら、探し行け、犬」
「わんわん!」
顎であしらわれて、俺は元気よく吠えながら、十一軒目の土産物屋に乗りこむ。
あー、もう、ほんとどこも似たようなもんばっか扱ってんなー。
こんなんが数十軒も軒を連ねてんのに、なんで生計が成り立ってんの?物干し竿屋的な、なにかカラクリがあんの?それとも裏では実は秘密結社を経営していて、それで生活潤ってんのか。
表は冴えない土産物屋、しかし裏では秘密結社『ぐまぐままんじゅう』――あ、だめだ。
思考回路が鈍いわ。
それというのもこれというのも、行く店行く店で、銘菓であるらしいまんじゅうを試食させてくれて、その説明を延々聞かされるからだね!
今回も案の定、店主と思しきマダムがまんじゅうの試食の篭を差し出してくれて、俺はひとつつまんで口に放りこむ。
一個を四分割してあるけど、それにしても結構食ったな。店っつう店でくれるから。
おかげで、ずいぶん歩き回ってんのにおなか空かないし。つか、咽喉渇いたな。あんこ系、地味に咽喉渇く。
まんじゅうの説明をしてくれようとしたおばちゃんに、ペナントがないか訊く。
ここ数年、仕入れていないと、もはや口裏を合わせているかのように同じ答え。
有り得ないだろ!
俺が学習した限り、日本だったら全国各地、どこにでもペナントがあるはずなのに!
「達樹ぃ」
「ちょっと待て」
ペットボトルのお茶を買って軒先に出て、とりあえず次の店に行こうと声を掛けた俺に、腕時計を見た達樹は軽く手を上げる。
なんだろ。もしかしてこの、店の軒先で延々見てたねこの置物が欲しくなったとか?
――ああでも達樹さん、その延々見てたねこの置物ね、正確には置物じゃないわ。生きてる。
………ちょ、もう、ツッコませてよ?!なんで商品の上に生きたねこ乗っちゃってんの?!爪でばりばりやられたら、商品価値なくなんじゃん!
っていうか、店自体十一軒目だけど、店先に売り物じゃないナマモノがいる状況もすでに七軒目なんだけど!
なんなの、このナマモノ遭遇率の高さ。
しかも、いかにも商品でございって感じに、堂々軒先にいるとか。コンセプトカフェとか、そういうんでもなく、なんか一匹とか二匹、自由気ままに。
もう、本気で商売する気あるの?やっぱり、裏で秘密結社経営してんじゃないの?
土産物屋は世を忍ぶ仮の姿、裏ではスイス銀行と提携したマネーロンダリング集団、秘密結社『なまもの愛好会』――ああだめだ。
ペナントペナントってそっちに意識が行きすぎて、ほかごとがものっすっごい疎か。
「どしたの?そのねこは買えないよ、たぶん。買えたとしても、持ち帰るのも大変だし」
「いや、ちょっと…」
答えにならない答えを返して、達樹は店の中に入っていく。
きょとんと見送っていると、達樹はお店のマダムとなにか話して、レジ台横の電話を貸してもらった。
は?電話?
「はい、交通機関は調べてあるので。………ええ、コースから外れるわけではないですよね。だから大丈夫です」
「達樹さん?」
だれになにをお電話してんの?
首を捻りながら再び店の中に入って行くと、そんな言葉が。
「??」
「では、また。キリがついたら電話します」
落ち着いた声でそう言って、達樹は受話器を置いた。特に慌ててる感じでもないから、なにか急用ってより、定時連絡っていうか。
え?定時連絡なんか入れる決まりなんてあったっけ?
「達樹さん?」
「行くぞ。また見つからなかったんだろう」
「うん」
頷くと、達樹はマダムに頭を下げて、さっさと店から出てしまう。
あとを小走りで追って、横に並ぶ。
「あのさ」
「なんでそんなに、ペナント?とかが欲しいんだ?」
だれになにを、と訊く前に、訊かれてしまう。
俺は眉をひそめた。苦々しいため息がこぼれる。
「親父と賭けしてんだよ」
「なにをだ」
「だからさー。お土産物三大神器、木刀とパズルとペナント、この三つを見つけて買って帰れるかって話」
修学旅行に出かける前に、相応のおこづかいを貰ったわけだ。
で、まあ、そのおこづかい支給の条件が、土産物三大神器、木刀、パズル、ペナントの三つを買って帰ってくること、だった。
『いいか、聡。日本各地、どこの観光地に行こうが、この三大神器は必ず存在する………だからこれを買ってきたところで、正確には、おまえがきちんと修学旅行に参加したかどうかは定かではない。
だがこの鷹揚にして心が広く、雄大なる父は、それを買ってくることで、おまえがきちんと修学旅行に参加したのだと認めてやろう。学生の本分を果たしてきたなら、父に言うべきことはない。
その小遣いは学費と同じだ!』
ただし、買って帰れなかったら、どこかしらいかがわしいところでいかがわしい目的に金を使われたとみなす――ゆえに、全額返却せよ、と。
冗談じゃないっての!
俺にそんな金があるか。毎月まいつき、きっちりマンガと買い食いに使い切ってるってのに。
部活してるからバイトもできないし、お小遣いだけが頼りなんだぞ!
「………信用がないだけじゃないか」
達樹は無情に言い捨てる。
俺は牙を剥きだした。
「んなわけあるか!あの親父は単に、俺をいたぶるのが趣味なだけだ!」
なにしろ丸木土家(旧姓)の人間だからね!
まあそのわりに、おかんに踏みつけられんのが好きだったりするけど。
あれだな、対象限定ってやつだな。俺が達樹さんはおけーでも、ほかの男なんて要らんっていう感じの。
――ん?この考え方はまずくないか?
それだと俺、まっすぐと親父の傾向を継いでるってことで、うっわ、鳥肌!!やだやだ最悪さいあく!!
「…………大丈夫だ、心配するな」
興味もなさげに、気のない声で達樹は言った。
「おまえはどう見ても、あのおじさんの子だから」
「ちょ、達樹さ…………!!」
往来で、俺は泡を吹いて倒れそうになる。
「泣くよ?!」
「よしよし」
身を乗り出して噛みつくと、気のない声で宥められて、頭を撫でられた。
あれ、なに?
拳が飛んでこないでやさしくされるって、俺もしかして、達樹さんの言動、誤解してた?
実は興味がないんじゃなくて、深く同情し過ぎて沈鬱になってただけとか。
「あ、いや、あのね、達樹さん」
「ほら次。行け、犬」
「わんわん!!」
後頭部を滑り降りた手に背中を押され、俺は十二軒目の土産物屋に、――反射で吠えて入ろうとして、振り返る。
「ちょっと待った。その前に確認」
「ん?」
達樹さんの興味は、すでに俺になかった。
店先に繋がれた、熊ほどの大きさの超大型わんこにじっと視線を………いや、ちょっと………ツッコまないといけないの、これ?
こんな超大型わんこ繋いでたら、いくらおとなしい子でも、こわいひとはこわいってば………。客寄せしたいんなら、もうちょっとちっこい………。
「いや、さっきの電話。だれ?」
気を取り直して訊いた俺に、達樹さんはちょっと首を傾げた。
「担任」
「ああ…」
春木………に、だから、なんで電話よ?
まさかアレと浮気してるとは思わないけど、俺、電話しろなんて話、いっこも聞いてない。
「なんで?」
眉をひそめてさらに訊くと、達樹さんは腕を持ち上げて、嵌めている時計を示した。
「集合時間過ぎたから」
「……………」
「置いて行ってくれって。事故じゃないってことを伝えておかないと、無駄に騒がせるだろう」
「……………………」
さらさらさらっと言われて、俺はきょとんと目を見張る。
言われて見てみれば、確かに次の目的地へ行くための集合時間を過ぎている。
だけど問題なのはそっちより。
「……………落ち着いてんね?」
四角四面を乗算してったような達樹さんなら、集合時間過ぎたって時点で物凄い勢いで焦って、俺のこと、凄まじい語彙で罵倒しててもおかしくないのに。
腰が引けつつ訊いた俺に、達樹さんは呆れたように顔をしかめた。
「何年の付き合いだと思っているんだ?まさかこれが初めてだとでも?」
「…」
ああうん、まあ。
「俺、集合時間に間に合ったことないね!」
「自覚してるのか。意味はないがな!」
「うん。達樹さんとの待ち合わせ以外、あんま時間に囚われたことないからね!」
「胸を張るな!」
達樹との約束には絶対に遅れたくないから、物凄く時間を気にするんだけど、ほかのやつとの約束だと、わりとどうでもよくって遅刻はふつう。
俺が時間どおりに着いたりすると、むしろもう、天災の前触れだと嫌がられるレベル。
とはいえ、部活の試合とかの集合時間には――うんまあ、試合に間に合えばいいんじゃん?間に合わなくて参加できなかったってことだけはないし!
「だから担任に、先に行ってろって電話したんだ。事前に交通機関については調べてあるから、どこかで追いつけるって」
事前に?
さすがきっちりさんな達樹さんだけど、まあ、なんというか。
「用意周到だね!」
「こうならない未来がまったく予想できなかったからな!」
まったく?!
それって俺、ある意味ものっすっごく信頼されてねえ?!愛か、愛なんだな?!
ああもうほんと、達樹さんって心底俺のこと溺愛だよね!!
「そういうわけだから、さっさと探して来い。さすがに夜にまで掛かると、補導される」
「任せて達樹さん!俺が達樹さんのことけーさつになんか渡したりしないから!断固闘う!!」
「闘うな!その前に終わらせろってんだよ、この駄犬がっ!!」
「わんわん!!」
元気よく吠えて、俺は店に入る。
でも一言、忘れてたことに気がついて、もう一回振り返った。
「あのさ、達樹」
「ん?」
大型わんこの前に屈んだ達樹は、面倒くさそうに顔を上げる。
「付き合ってくれて、ありがと」
ウインクを飛ばして言うと、やっぱり気のない顔で手を振られた。
「デートだと思えば、楽しい」
「っごふっ!!」
なにそれやられた!!はーとがむねむねずっきゅんやられた!!
ああもう、外で萌え殺さないでよ!
旅の恥は掻き捨てっていっても、限度ってもんがあるんだからね!