満開の桜の木の下で、十六夜が笑う。
「朔、朔!きれいだね、朔!!」
「そうだな」
茣蓙の上に座って茶を啜りながら、俺は頷き返す。
うむ、桜と十六夜。これ以上なく美しい。
さくらあじ
今年も無事に花を咲かせた、齢二百を超えるじじい桜は年も感じさせない華やかさと、年ゆえに出せる侘びというものを併せ持ち、若木より遥かに味わい深い。
そこに、十六夜。
花のように美しい、とはよく聞く表現だが、十六夜ほど美しい花は見たことがない。とはいえじじい桜も健闘していて、これ以上なく美々しい取り合わせだ。
十六夜がうれしそうに微笑んで花びらに塗れている様は――
「ええい。もう少し上背があれば、速攻で押し倒したものを」
「朔、朔。そなたは本音を隠すことを覚えよ」
「それに朔?もう少しっていうか、もう『かなり』ないと、十六夜を押し倒すのはむつかしいと思うわ」
「(-。-)」
思わずこぼした本音に、同じく茣蓙に座って花見に興じていた蝕と狛どもから、見事なツッコミの嵐。
ええい、ちったあ聞き流せ!!神の分際で細かいこと気にしやがって。
「つうか、ひとのことをちびって言うな!!」
腰を浮かせて怒鳴ると、狛どもは蝕に抱きついて笑った。
「ボクそんなこと言ってないわよ!背が『かなり』足りないって言っただけよ!」
「(`▽´)」
「それは言い換えるとちびってことだろうがっ!!」
眷属として盾になるべき蝕を盾にしようとする狛どもに、構わず手を伸ばす。
狛どもは身軽に跳ね上がり、蝕の後ろへと回った。
「これこれ、そなたら……」
ひとり花見酒に興じる蝕が、盃を置かないままに後ろを見、俺を見る。
俺は構わず立ち上がり、
「さぁくっ、おにごっこ?」
「のわっ」
後ろから、強引に抱き上げられた。
「ね、朔?」
振り返った俺の目に飛びこむ、きらきらの笑顔。
和んだ。
笑いかけてくる十六夜は、もこっとしたきつね耳に花びらが触れるたびに、その耳をぴるぴると震わせる。
愛らしい。
このうえなく愛らしい、この光景に心和まぬものはいない。
が。
「…………………自分のげんじょーってもんを、スナオにハアクしたほうがいいと思うわ、朔」
「(´^`)」
「ええいっ、憐れむな、狛どもがっ」
十六夜の腕に軽々抱え上げられてしまって、くるんとくるみこまれてしまう、この現状。
ええい、軽々言うな!!あと十年したら、立場は逆転するんだ!
「えへへ」
「ぅぬぬ………っ」
十六夜は至極しあわせそうに笑って、腕の上の俺をぎゅっと抱きしめる。
肩口に顔をすり寄せて来て、もこもこのきつね耳が顔を撫でた。視線をやればふわふわのしっぽも、ぱったぱったとうれしげに揺れている。
「………」
これを突き放せるほど、俺の性根は鍛えられていない。
まあおそらく神にも無理だから、神ならぬ身ではどうにもならない。
諦めのため息をこぼしたくちびるに、ひらりと桜の花びらが落ちた。咄嗟に咥える。
口の中に広がる、芳醇な桜の香り。
うむ、今年も健康なようだな、じじい桜。
「あ」
顔を上げた十六夜が、花びらを咥えた俺を見て笑う。
瞳を細めて顔を近づけると、ぱく、とくちびるごと花びらを食んで、離れた。
「さくらあじ」
得意げに言って、またぎゅうっと抱きしめられた。