毛玉思い
「蝕、ボクたち覚悟を決めたわ」
「(゜ロ゜)」
座敷に並んで座ったボクと下弦に、蝕はちょっぴり項垂れた。
「すまんの、二匹とも………吾が不甲斐ないばかりに」
「そんなこと!!」
「(>_<)」
蝕の言葉に、ボクたちは跳ね上がる。飛びついて行って、膝に乗り上がると、項垂れる顔を覗きこんだ。
「フガイないなんてことないわ!!ボクたち、蝕にはほんとに感謝してるの!でも、でも、感謝していればこそ………!!」
「(((>_<)))」
「ええ、そうよね、下弦。蝕!!」
ボクと下弦は蝕の膝から下りると、再び座敷に正座した。櫛を差し出す。
「さあ、蝕!どーんとやってちょうだい、ボクたちの毛梳き!!」
朔なんかに言わせると、ボクたちは神様のはずなのに、どうして季節になると毛が生え変わるのかってことらしいんだけど。
そりゃ神様だけど、基本はキツネよ。キツネなんだから、冬毛から夏毛に生え変わるわ。
自然の摂理を体現しているのが神様なんだから、自然の摂理として、毛が生え変わるわよ!!
でもそこでモンダイになるのが、その生え変わる毛の始末。
放っておくと、しっぽも耳もカユイの。
だから掻いちゃうんだけど、そうすると毛が社中に飛び散る。お掃除大変。
お掃除するのは、朔か、今だと十六夜で、ボクたちじゃない。
気を遣えロクデナシどもが、ってことなのね。
特に朔は、十六夜が苦労するのにキビシイから。
とはいえ毛が生え変わるのは十六夜もで、十六夜の毛を梳くのは、その主である朔の役目。
で、ボクと下弦の毛を梳くのは、主である、蝕の役目。
ボクたち、蝕の眷属だし。
だからこれまでも、季節になると蝕に梳いてもらってたんだけど――ボクたち、基本、キツネ。
毛を梳くっていったら、舌で舐めとる。
でも、ボクと下弦と自分の分と、三匹分の毛を舐めとると、さすがに蝕も――毛玉がつまって、苦しいのよ。
だからっていって、櫛って感触サイアクで、ボクたちとしてはケイエンしたいところ。
なんだけど。
毎年まいとし、主に毛玉をつまらせて苦しい思いをさせてるんじゃ、眷属としてシッカクだわ。
だからボクと下弦は相談して、今年は櫛で梳いてもらうことにした。
ん、だけど。
「ひ、ひぅううううっ、ゃあ、ふぁあっ」
「これ、上弦。もう少しで終わるゆえ、堪えろ」
「ぁあうっ、ゃ、もぉやぁあっ、ぁ、あっ、ぃやぁあっ」
「泣くな。ほれ、もう終いだ。な、上弦……」
「ふ、ふぇえ………ぐすっ」
しっぽを掴まれるだけでもアレなのに、櫛でざっこざっこと削られる。
カクゴしてたけど、ボクのカクゴはまだ甘かったみたい。毛が梳かれて楽になったはずのしっぽだけど、へちゃんと寝ちゃう。
蝕はボクの涙をくちびるで啜り、しっぽと同じくへちゃんと寝てしまった耳を甘噛みして、慰めてくれた。
「ふ、ぇ、蝕………しょくぅ………」
「すまんの、上弦………吾が毛玉を詰まらせるばかりに………」
「ぅえっく、いいのよぅ………これで蝕が楽になるんだったら、ボク、ガマンするぅ………っ」
正直、一日梳いたくらいじゃ、毛は取りきれない。季節が終わるまでは、毎日のように梳かないと。
考え得る限り、とってもツライ拷問だけど、ボクたちに泣かれる蝕だってツライもの。
せめて明日はもう少し、泣かないようにしないと。
そう思いながら、ボクは蝕の膝から下りる。
「下弦……下弦?」
「((+_+))」
あんたの番よ、と呼ぼうとした下弦は、座敷の隅っこで震えていた。
しまったわ、ボクが騒ぎ過ぎて、すっかりおびえさせた。しっぽが完全に股の間に入ってる。
「下弦、出来るだけやさしうするゆえ」
「(((・_;)))」
蝕に呼ばれても、下弦はぶるぶる震えて、しっぽを抱えこむだけ。
ボクは腰が抜けているので、畳の上をべたべたと這って、そんな下弦の前に行った。
「下弦………ボクたち、ちゃんと決めたでしょ?」
「(・_;)」
「でも、決めたでしょ?ボクはがんばったわよ。だって蝕なんだから、どんなことされても、ガマンできるでしょ?」
「(+_+)」
下弦はぶるぶる震えながら、そろそろと蝕の前に行く。
手を引いて膝の上に乗せてやって、蝕は寝ちゃっている下弦の耳を掻いた。
「すまんの、下弦………早うに終わらせてやるゆえな」
「(>_<)」
「ん?」
下弦は伸び上がると、蝕に口づけた。そのまま、吸いつく。
「下弦?」
「(>_<)」
ちょっと口を離して訊いた蝕に、下弦はぶるぶると首を振る。
蝕は頷いた。
「わかった。それでそなたが堪えられるなら、していてやるゆえ」
「(((>_<)))」
震えながら、下弦はまた、蝕に口づけた。
なるほど、妙案だわ。そうやっていれば、悲鳴が防げるって寸法ね!
震える下弦の背中を撫でてあやしてから、蝕はしっぽを手に取った。櫛を通す。
「((((((>_<))))))」
……………気がついたけど、下弦。
それ、蝕の視界を塞いでるから、微妙に力加減してもらえないわ。
ボクはぶるぶる震えながら、蝕の膝の上で悶絶する下弦を見ていた。
毛が生え変わりきるまで、あと一か月。
まだまだ季節は始まったばかり。