「こここ、今年こそっ、たー…ぶぎゃるっ!!」

「雁首揃えてここに来いやぁっ、四神残り三柱ぁああっっ!!」

半人半鳥の男――四神の一、南方守護神たる朱雀の頭を踏みつけ、養い子は天へと向けて咆哮した。

ほわいとくりすます

中華大陸と倭を混ぜたような不可思議な着物姿の青年、四神が一、東方守護神たる青竜は座敷にきっちりと正座したうえで、折り目正しく指をついて頭を下げた。

「去年といい、今年といい、こちらの監督不行き届きにより、六所神社には身内が多大なるご迷惑をおかけし、まことにもって申し訳ないことだと反省しております」

きっちりした見た目どおりに、きっちりとした挨拶だ。

しかしそのような態度に、怖じ気る養い子ではない。ふんぞり返って、鼻を鳴らした。

「まったくだ、迷惑も甚だしい。庭が燃えるとか水浸しになるとかそういった実害を超えてなによりも、俺のかわいい式神の情緒育成に悪影響なのが赦しがたい」

「そこなのか、朔よ……」

傍らに座した吾は、横を向いて項垂れる。

「まったくもって申し訳ないことだと思っています」

対する青竜のほうは、再度頭を下げた。

滅法年下の養い子相手だが、その礼儀正しさが失われることはない。

そこだけは見習わせたほうがいいのだろうか、と悩む吾の前で、そうでなくとも鋭い青竜の瞳がさらに尖った。

「それはそれとして、ひとつだけ確認してもよろしいですか、六所の方」

「なんだ?」

四神の睨みにもまったく怯むことはなく、養い子は横柄に見返す。

青竜は養い子の後ろ――きっちり正確に言うと、養い子を膝に乗せて抱きかかえ、和みきっている十代の少年、にしか見えない、四神の一、西方守護神たる白虎へと、その厳しい視線を流した。

「なにゆえ、シロはあなたを膝に乗せているのですか?」

その問いに答えたのは、養い子ではなかった。当の少年、白虎のほうだ。

「俺が和むからじゃん。ちっちゃい子ってふわふわもふもふほこほこで、ちょぉ和むんだよ、青ちゃん」

「ちっちゃい子言うなっ!」

「あぃやゃや」

養い子はお決まりの文句を返したが、膝から下りることはない。軽く体を捻って、白虎の頬をつまんだ程度で済ませる。

青竜の額に、青筋が浮かんだ。

「…………和みたいと言いますが、シロ…………どうして私の膝に乗るのでは駄目なのですか」

その質問そのものがどうなのだと思うが、白虎のほうはあっけらかんとしていた。

「青ちゃんちっこくないじゃん。しかも竜だからウロコじゃん。そんで俺が乗っかるんだろ俺はふわふわもふもふほこほこなちびっこを膝に乗せて、ぎゅーってしたいの」

「ちっこい言うなっ!」

「あひゃひゃひゃひゃ」

養い子は再び振り返り、白虎の頬をつねる。しかし力はこもっておらず、正しく、童べがじゃれるが如しだ。

十六夜以外には横柄で折れることがない養い子だが、一応は好みと贔屓というものがあった。

昔むかしのそのまた昔――というほどでもない、ごくつい最近に四神に初めて出会ったとき、白虎は「虎」の姿で現れた。

当時、さらに幼かった養い子は男児らしく、単純明快にその格好よさのとりことなった。

人の姿を取れば威厳もへったくれもない少年姿だが、それもかえって「おにぃちゃん」感を煽ったらしい。

さらに懐いた。

奇特な件だ。

あのころはまだ、養い子も素直で童べらしいところが多々あった。

無邪気で無垢そのもので………どうしてこう育ったのだったかのう………子育てってむつかしいのう……。

悩む吾に構うことなく、青竜はきりきりと眦を吊り上げていく。

「わ、私の前で、シロ…………私以外のものといちゃつくとは、いい度胸です…………っ」

「って、なに言ってんの、青ちゃん?!あったまおかしーよ、相手ちみっこだよ!!」

「ちみっこ言うな!」

「あひゅひゅっ」

吾は座敷から、庭へと目を流した。

「…………チジョウノモツレの予感がするのう……」

庭では、吾の眷属である上弦と下弦が童べらしく、明るく跳ね回っていた。

「かめかめー」

「(++)っ」

「ぁああんっ、いたいっ」

「ほら、わんと啼きなさい、かめー」

「ぁああっ、わんっわんっわんっ」

「<(`^´)>」

「そうよ、下弦、そのとおりだわかめが『わん』なんて啼くわけないでしょっ相変わらずおばかね、朱雀っ!」

「(゜^゜)/~~」

「そうね、下弦しかもあんた、かめじゃなくてとりだわ、朱雀かめは旦那でしょほんっとおばかね、朱雀!」

「ぁああん、童べが、童べがいぢめる………っはあはあはあはあはあっっ」

「衝撃…映像……童べらに………いたぶられる……妻………その姿を……夫が…目撃…………」

吾はため息をついた。

庭で跳ね回る元気いっぱいの童べ、吾の眷属たる半人半獣姿の禿、上下が舞台としているのは、そもそも青竜たち四神を総召集する羽目に陥った原因、四神の一、朱雀だ。

庭に転がされて童べふたりに体の上を跳ね回られ、被虐趣味の朱雀は恍惚として涎を垂らしかけている。

そしてその傍らには、朱雀の夫である巌のような男、四神の一、北方守護神たる、玄武が。

「これはこれで………チジョウノモツレの予感…………」

つぶやいたところで、庭に十六夜が現れた。

跳ね回る上下の首根っこを引っつかんで、抱き上げる。滅多になくきりっとした表情を、二匹に向けた。

「さわっちゃだめ、二匹ともヘンタイがうつるでしょ?!」

「はぁーいぃ」

「(゜o゜)」

「ぁああ、童べぇえ~っ」

恍惚とした表情を一転、朱雀は虐待者を失って泣きべそで、上下を抱える十六夜へと手を伸ばす。

そんな程度で哀れみの念を覚える十六夜ではない。

きっぱりと朱雀を無視して庭から縁側へ上がり、そのまますたすたと座敷に入ってきた。

「んだから、青ちゃん、ひとの話をっ!」

「はい、トラちゃん。もふもふもこもこあげるっ!」

しばし庭へと意識を飛ばしている間に、本格的にチワゲンカに突入しかけていた四神二柱の間に入った十六夜は、片輪である白虎の上に、連れて来た上下を落とした。

途端、白虎の表情が無邪気に輝く。

「んぁあっ、しっぽしっぽ、みみっふわふわもこもこちみっこぉっ増えたふえたぁっ!!」

「だから朔返してねっ!!」

「んぉいっ、十六夜?!」

十六夜は器用に吾の養い子をつまみだし、抱き上げる。

慌てる朔を、ぎゅうっと強く抱き締めた。

「朔、だっこは俺だけ」

「いやむしろ、こなたにされるのがいちばん…………っ」

養い子の反論は、十六夜のきつい瞳に尻すぼみに消えていく。

「あ~、いやされるぅ~。ちみっこふわふわもこもこぬっくぬくぅ」

「ぃやぁああっ、トラっトラくさいわっ!!トラぁっ!!」

「<(=T_T=)>」

「く……っ、シロかわいいかわいいシロ………っしかしその笑顔は私以外を愛でてのもの……ぬぐぅううっ」

「ぁああ、丸焼いてほしいのぉおっ…………さもなくば、いたぶってぇえ…………」

「夫以外を…………求める妻………その現場に……居合わせた夫は…………如何に…………」

あっちこっちそっちを見比べ、吾はため息をついて肩を落とした。

なんじゃな。

俗界は聖夜に浮かれておるが、我が六所神社は、チジョウノモツレから、血の雨の確率九割のようだ。

ほわいとくりすますなんぞ、夢のまた夢なのかのう………………。