「たぁあああすけてぇえええええっっ、六所のちびますらおぉおおおお!!」

「おたすけぇえええええっ、六所のちびもののふぅううううう!!!」

悲鳴といっしょに、地獄の門番とかいう、うまにくのひととうしにくのひとが転がりこんできた。

法被ヰ婆煉汰陰

座敷で俺の毛すきをしていた朔は、ふっと笑って立ち上がる。

畳にはいつくばってひいひい泣く二匹の前に行くと、ぴょんと飛び上がった。

すとん、と着地するのが、抱き合ってふるえる二匹の上。

「ひひひひひんっ?!」

「ふもぉおおおっ?!」

ちっちゃい子供の朔が飛び乗っただけにしては、キンニクもりもりの大男の二匹が上げた悲鳴は、おおげさだった。

たぶん朔は霊力で、重さとか痛さとかを、増やしてるんだろう。

そうやって二匹の上に乗った朔は、さらにぎゅっと足に力を入れた。

「だれがちびだ!!丈夫だの武士だのとつければ、なんでも誤魔化せると思うな!!」

「ひ、ひひひんっ!!た、助けを求めたものに、まずこの仕打ちっ」

「ふ、ふもぉおっ!!我らは助けを求める先を間違えたかっ?!」

なんだか内臓でも飛び出しそうな声で、畳に這いつくばる二匹は叫ぶ。

………………うまにくとうしにくの、ないぞう………………?

そういえばたしか人間は、「ほるもん」っていう料理にして、内臓を食べるって聞いた。

俺たちキツネはもちろん、内臓はそのまんまでいちばんのごちそうだけど、人間はなまにくだめだから、ちゃんと全部を料理するんだよね。

とりあえず、もしも内臓が出てきたらすぐに料理に持っていけるように、準備だけでも――

そう思って腰を浮かせた俺だけど、ちょっと気にもなることがあって、座りなおした。

二匹は、たすけてって、朔に言った。

それってもしかしたら、朔がキケンなことをさせられるのかもしれないってこと。

――もし朔がキケンなことさせられるんだったら、内臓だけじゃなくて、全身残さず、やきにくにしないとだ。

その朔は二匹の上に乗ったまま、ふう、とため息をついた。

「甘いぞ、貴様ら。こんなのは序の口だ。なにで助けを求めてきたかによっては、さらに悶絶させてやる」

「ひ、ひひひんっ!!前門の鬼幼女、後門の嗜虐幼男っ!」

「ふもぉおおっ、どちらに転んでもおとろしき童べの餌食かっ!!進退窮まった!!」

「なんだ幼男ってしかもだれがおとろしき童……………ん前門の鬼幼女…………?」

いつもどおりにコウギしようとした朔は、そこでちょっと止まった。

二匹がやって来た外を見て、また二匹に目を戻す。

「……………つまり貴様ら、閻魔から逃げているのか。今度はなにをやらかして、アレを怒らせたっわあっ?!」

「朔っ!」

朔が訊いたとたん、うまにくのひととうしにくのひとは立ち上がった。

片方ずつの肩に朔を乗っけて担ぎ、そのうしろからなんでか、ぱぁああっと花びらが散る。

「「法被ヰ婆煉汰陰!!!」」

「なんのことやらわからんわ、この駄馬駄牛っ!!」

「わからんか、坊!!」

朔が二匹にツッコミを入れた、その言葉に被さるみたいに、庭からかん高く甘い声が轟いてきた。

庭から座敷に、どすどすと足音も荒く上がってきたのは、朔とおんなじくらいの年恰好の女の子、えんまちゃん。

うまにくのひととうしにくのひとのジョウシで、地獄の大王。

いつもどおりの着物姿のえんまちゃんは、今日は手に籐かごを持っていた。

「よぉも逃げよったな、牛頭馬頭!!うちからのちょこれぃとが受け取れんたぁ、貴様ら、釜茹でされたいか!!しゃぶしゃぶ志願かっ?!」

「ひ、ひひひひんっ!!え、えんまちゃんっ、ちがうのよっ、話を聞いてっっ!!」

「ふもぉおおおっ、えんまちゃん、我ら決してそのようなっ!!」

「うちは上司やぞ!!ちゃん呼びすなぁあああっ!!!」

ものすごく怒ってるみたいなえんまちゃんは、手に持っていた小さいお菓子の包装を、ぎゅううっと握りしめてつぶした。

まだうまにくのひととうしにくのひとの肩に乗っかってた朔は、呆れたみたいにえんまちゃんを見る。

「つまりなんだ、閻魔………あー……ひとの趣味をあれこれ言いたくはないが、こういうのが好みなのか………」

「義理ちょこじゃぁあああっっ!!」

朔の言葉にすぐに叫び返して、えんまちゃんはにたぁあああっとくちびるを裂いて笑った。

「地獄の亡者から獄卒から、すべてにちょこを渡した………ほわいとでーには、三倍返しじゃ…………くっくっくっ。お菓子三倍………ふっくっくっくっくっ!!もしも返せないようなら、閻魔超級お仕置きの刑じゃし!!」

「どこまでも無駄のないバレンタインだな!」

笑うえんまちゃんに叫んでから、朔はがたがた震えているうまにくのひととうしにくのひとを見下ろす。

「亡者はともかくとして、おまえらの身分なら、あのくらいのチョコの三倍ったって大したこと……」

「「「手作り」」」

「……………」

地獄の三人組の声がそろって、朔は黙りこんだ。

なんか、話がよくわからないんだけど――『ばれんたいん』って、なんだっけ…?

ちょこれーとって、おかしだよね………?

おかし……おかしの………おかしのおまつりっていうと………。

「あ、ちょこれーとあげないと、いたずらされる日」

「十六夜、その知識はちょっと捨てておけ!!」

「え?」

ぽん、と手を叩いて言ったら、朔にびしっと命令された。

ちがうんだっけじゃあ………ええと…………。

考えている前で、えんまちゃんはかごから、新しいちょこれーとの包みを取り出した。

「まあしかし、都合の良いとこに逃げこんでくれたもんじゃ。坊もうちからのちょこれぃとを受け取れっ!!」

「ひ、ひひひひひんっっ!!」

「ふもぉおおおっ!!」

――うまにくのひととうしにくのひとが悲鳴を上げたのは、朔にたてがみと角をつかまれて、引っ張られたから。

そうやって悲鳴を上げさせてから、朔は二匹の肩からぴょこんと飛び降りた。

俺の前に来て着物をちょんとつまむと、えんまちゃんを睨む。

「俺は本命チョコしかもらわんついでに、十六夜からの本命チョコ限定だ!!」

「んぬぅうっ、なんとっっ!!これぞ漢の鑑っ?!!」

「え……………え?」

うなるえんまちゃんと、俺の着物をますますきゅううっと握る朔。

――たぶん、朔の危機を救えるのは、今、俺だけだってこと。

俺だけだってことは、わかるんだけど。

わかるんだけど……………!

「さ、朔……………………………………俺………、ちょこれーと、もってない……………………」