目ぇ覚ましたら、超好みの顔が覗きこんでました。
んでもってその好みの顔は、なんと俺のこと膝枕してくれてました。いーやっほーう!
コノハナサクヤ
「あー、やっちゃん!………なわけねえな!やっちゃん、そんなやさしくないふがががっ!」
「………」
なんか好みの顔は、無言で俺の鼻をつまみ上げました。
あー、こういう態度とかも、やっちゃんぽい。つーことはやっぱり、これはやっちゃん。
やっちゃんいうのは、俺の大学の同期。これがもう、なんというか、ものっすっごく、好みの顔してるんだわ!
美人、いうか、好みの顔!
んでもやっちゃんはわりとクールさんで、あんま懐かない野良ねこタイプ。
そこもすっげぇどストライクに俺の好み。
もー、そんな俺の好みでどーすんの、やっちゃん!と日々もだもだしてるわけですが、とりあえずとこ、友だち止まり。
なんてっても、男同士だからね!
やっちゃんとはけっこー、仲いくしてるけど、それって友達だからね、あくまでも。
友達の男から、いきなり、『好きです!ヤらせてください!!』言われたら、ひくわー。いやうん、ひくわー。
引く以前に、かんっぜんに縁切られるわ。
というよんどころない事情によって、未だにトモダチなわけですけどね!おーいえっす、俺ちっきんはーと!
「やっちゃん、あのさ」
「やっちゃん違います。桜の精です」
「おおお?!!」
なんと!!
呼びかけたら、好みの顔はやっちゃんじゃなくて、桜の精だと判明しました。ぐれぃと!!
俺はやっちゃん改め桜の精さん越しに、夜空を見上げた。ちらちら降る桜の花びらが、星より鮮明に視界に入る。
ぶっ倒れたのは、公園です。
花見と称した友人同士の飲み会で飲み過ぎた俺は、帰り道の途中の公園でちょっと一休みと決めました。
んで、一休みなので、地面にばったんきゅーしたよ!!大地おふとん!母なる大地よ!!かってぇな、かーちゃん。やわかくねえよ、かーちゃんなのに。
そんで――ええと、そんで。
ちょっと寝て起きたら、好みの顔こと桜の精さんに膝枕されて、覗きこまれてた、と。
現状把握万全。
俺酔ってなーいっ!!
「こんなとこで寝たりして。風邪引きますからね」
「んぉおおお、やっぱりやさしい!やっぱりやっちゃんじゃねえ!!んががががっ」
「………」
またもや、桜の精さんは俺の鼻をつまみ上げた。
やさしーんだか、やさしくねーんだか。
まあそれはそれとして。
「んで、桜の精さんはー。なし、俺に膝枕してくれてるですかー?」
人生酔い潰れたことは何度かあれ、この公園にもお世話になったことは数知れず、しかし今まで、ケーサツ以外に声かけてくれたひとっていない。
ああいや、桜の精かー。人じゃないな。うん。人じゃねえ。
しかし初めてってことだけは、確かだ。
訊いた俺に、桜の精さんはため息をついた。
「いっつもいっつも………飲み会のたびにこうやって倒れているから、心配で出てきたんでしょう」
「ぉおおお!すげえ!倒れ得!!」
「なにが得ですか。風邪引きますよ。こじらせて肺炎になって病院に行くのも間に合わず最近大学に姿見せないねあいつどうしたんだろうねとか言って友人知人が様子を見に来たときにはすでに」
「ちーーーーーーんっ!!」
とりあえず、口でお鈴を鳴らしてみた。わあ、シャレになんねえ!
「あー、やっちゃんは見に来てくれっかなー。んでもなー。ヘタに死体とか見せたらかわいそーだから、やっぱ来て欲しくないなー。んがっ」
またもや、軽く鼻をつままれた。
なんだな、桜の精ってのは、ひとの鼻つまむのが趣味かな!!おお、たおやかにしてなおやかな印象の桜の精に、意外なSっ気の存在発見?!ひとしくーんひとしくーんっ!!
「死体とか、軽々しく言わないでください」
「まあねー。あ、でも、桜の木の下には、死体が埋まってるってよく言うじゃん。俺、あんたんとこ行こっか。んで、埋まろっか!」
「………」
言うと、なんか頭を抱えられた。
あー、和むなー。この顔ほんと好き。なにが好きって、――あー、なにが好きなんだっけ。目の配置とか、鼻の形とか、くちびるの厚さとか……………。
――ちかし。
あーうん、そうそう。なんか、いっつもきびっと話すのに、俺の名前だけは妙に舌っ足らずになるとことか、超かわいい。もぐもぐしたい。
「つか、催したな。埋まる前に、したいです、桜の精さん!」
「トイレなら」
「いや、せっくす」
「………………」
「ふごががががががっががっ!!」
今まで至上、さいこーに思いっきり鼻つねられた。
つってもさー、やっちゃんのかわいーとこ思い出したら、酔っ払い俺の箍の外れた息子が、うずうずと。
つか、息子がうずうずできるから、俺は酔っ払ってないな!潰れるくらい酔っ払ったなら、息子もいっしょに潰れてるはずだし。
一蓮托生、哀れな俺の息子よ…………。
「節操ないのか、おまえ!!」
「だって桜の精さん、やっちゃんにそっくりだから!!」
怒鳴られたけど、俺は負けじと叫び返した。
んぐっと黙った桜の精さんに、俺はがばりと体を起こして正座し、きちんと相対する。
「もう聞いて。やっちゃんまじかわいーの。なにがかわいーって顔がかわいーんだけど、顔だけじゃなくて、中身もかわいーの。なんつーかさ、顔がすでに好みでめろめろはーとなのに、中身までかわいくって好みだともう、めろめろはーと以上に、めったんめったんはーとっつかさ、この間も……」
「っわかった!!!………ええと、わかりました!!わかりましたから、黙って!」
ぺちゃん、と手で口を塞がれたけれど、俺はさらに身を乗り出した。
「いやもう、聞いて!語らせて!俺ね、もうね、やっちゃんのかわいーとことか、語り出したら止めたくない!この間も、オキと三日三晩かけてやっちゃんのかわいーとこ語り倒して」
「みっかみばん?!!」
「んでもまだ語り足らなくって不完全燃焼でさ!したっけ、人間限界あるじゃん!いくら情熱があっても、寝ないのって一週間が最長記録じゃん?!でも途中で睡眠で遮りたく……」
「ほんっと黙れ、おばかっ!!」
「んぐっ」
べにょ、と手を押しつけられて、思いきり口を塞がれる。
あー、手。手がやわけえ。いや、男だからびっくりするほどやわくねえんだけど、なんつーかこう。
「…………ぅ、目ぇ回った」
「大人しく横になってなさい!」
「うー…………っ」
頭を押されて膝に戻り、俺は目を閉じた。
あー、世界ぐるぐる回ってんよ。吐くかー、吐かないかー、それが問題だ!!
「…………そんなに、その…………やっちゃんいうひとが、好きなんですか」
「好き」
問いには即答返した。
そりゃそうだ。好き嫌い聞かれたら迷いはないよ。どう好きなのって訊かれると、答えられんだけで。
桜の精さんは、なんかため息ついた。
ため息?――あー、そっか。大体において、こうやって出て来てくれる精ってのは、人間に恋してるって相場が決まってんもんね。俺がやっちゃん好きだと………。
「やっぱヤらせて、んごががががががっ」
鼻つまむの趣味かな!趣味なんだろうな、もうそう決めよう。
「やっちゃんに言いつけますよ!好きだとか言いながら、そんな、相手構わずっ」
「構わんことないし!桜の精さんがやっちゃん激似だから、つい催すだけだし!!しかもたぶんやっちゃんに言っても、『なんで俺にそれかんけーあるの?シモのことなんか、管轄外だろ、トモダチって』とかなんとか」
「………」
あーわー。言ってて自分でへこむし。
ちょっと黙った桜の精さんは、むに、と軽く俺の頬をつまんだ。
「………好きだって、言わないんですか?」
「言わんだろう。言えんだろう、人として!俺いずちっきんはーと!!」
かかか、と大笑してから、俺は目を開けた。ひどく透明な瞳で覗きこんで来る桜の精さんに手を伸ばし、ほっぺたを撫でる。
「俺がちっきんてのもあるけどさー。男同士だろ?んでトモダチじゃん。それに、ある日いきなり、『好きです』言うてみ。引くわ。引くし、やっちゃんが傷つくやん。俺、こいつにそーいう目で見られてたんかって」
「………」
「俺がそーいう目で見ちゃってるからアレだけどさ、けっこーショックでかいと思うんだよね。やっちゃん見た目どーりに繊細だし。あーうん、そういや、その繊細なとこもすっげえ好き。かわいーんだよ、もう、ぅぁあああああっ!て感じで、繊細なとこが。あああ、もぐもぐしてえ」
「…………」
桜の精さんはまたしてもため息をつき、俺のほっぺたをぶにぶに揉んだ。
「――言ってみればいいのに。好きだって。相手だって、案外」
「えー。言われん」
そこはいくらなんでも。
と、思って言い張ったら、今度は両方のほっぺたをぎゅむうっとつねり上げられた。
「言え。言わんかったら、言いつけたる。おまえの身代わりに、てきとーな男口説いてたって」
「ギロチン宣告!!」
首が飛ぶとぶ、にびょうまえ!!
ぶるるっと震え上がった俺の頬をつねっていた手が、今度はやわらかに撫でてくれる。
あ、いやん。きもちい。すっげー、きもちい…………。
「………もしそれでフラれたら、………責任とって、付き合ったるし………ヤらせてやるし……………もし、万が一、フラれたら、だけど…………」
「あー………」
なんかまた、眠くなってきた。
意識もーろーとしつつ、俺は手を伸ばして、なんかもごもご言ってる桜の精さんのほっぺたを撫でた。
「ヤらんよ。やっちゃんにフラれたら、あんたには絶対手ぇ出さん。やっちゃんだめだったから、じゃあってんじゃ、あんまりあんたに失礼やん。あんたも、そんなに自分安売りしたらだめだし……………」
言いながら、俺の意識は再び闇に呑まれた。
***
「そんなに自分安売りしたら、だめだし………なにより、やっちゃんに代わりなんて、おらんも………」
言いながら、頬を撫でていた手がぱったり落ちた。
すぐに、健やかな寝息が後を継ぐ。
「………」
「なー、やっちゃん。ほんっとに、ちーちゃんて無駄にオトコマエだよなー」
「っっ!!」
後ろから声を掛けられ、俺はびっくんと震えて振り返る。
桜の木に凭れて、大学の同期で俺――八握-やつか-と道返-ちかし-の共通の友人である沖津が立っていた。
ひょいと片手を上げると、にっこり笑う。
「見ちゃった☆桜の精やっちゃん♪」
「知らんし!!夢だし!!」
「いやいやいや、健気で良いよー、やっちゃん。心配して駆けずり回ってようやく見つけた相手に、素直に自分ですと名乗れんと、いきなりすっ飛んで『桜の精です』とか言い出すとか。なんかもう俺、やっちゃんに惚れたい勢いでグッドツンデレ」
「ちょっと黙れっ!!」
俺は顔を真っ赤にして、怒鳴る。言うても、夜中で暗い。見えないだろうけれど、なんか見えていそうな雰囲気を醸し出すのが、沖津だ。
ほてほてと近くに来た沖津はへやんと座ると、俺に膝枕されてしあわせそーに眠る道返を覗きこんだ。
「やっちゃんもな。こんな好きすき言われてんから、起きたら、自分から好きです言うたったら、もやもや晴れてすっきりすんのに。ちーちゃんのほうはもう、酔い潰れたし、明日になって覚えてるかわからんけど」
「し、らんしっ!!っつか、沖津っ!!おま、なんなのっ!!ちかしと、俺の………っ三日三晩語り明かしたとかっ!!」
話題を変えようとしたら、沖津はなんか呆れた顔になって、手を振った。
「いや、いくらなんでも三日三晩て。大袈裟やん」
「そんなんわかって」
「三日目にはさすがにツブれたわ、二人して。晩まではいかんかったー」
「三日は語ったんじゃねえかっっ!!」
なんだったか、こういうの。五十歩百歩とか、目くそ鼻くそとか。
どちらにしても、なんかもう。
「………とりあえず、ここで会うたが百年目だ。ちかし運べ」
「え、俺?!」
「こんなでかぶつ、俺が運べるかっ!!早う、運べっ!ちかしが風邪引いたら、沖津呪う!」
「とばっちり!!」
叫んで、沖津はため息をついた。
「………自分では運ばれんてわかってて、飛び出したんよな、やっちゃん。諦めて、好きって言ってまえ。言うんだったら、運んだるから」
「火事場の馬鹿力いうのがあるん思い出した」
「いや、今発揮できるかわからんから、やっちゃん!…………あーも、しゃーないな。運んだるよ、トモダチ甲斐に。したっけ、やっちゃん、恨んだいかんよー?」
「なにが」
俺の膝の上の道返の体を抱え上げつつ、沖津はへろんと笑った。
「人魚姫知ってんよな?助けた人魚姫じゃなくて、後ろ取りの人間の姫のほうに、王子は求婚してまったやん。な、桜の精さん?」
「………っっ」
ぐ、と黙ってから、俺はきっとして沖津を睨み上げた。
「おまえがちかし布団に運んだら、俺はまんま潜りこんで、カイロ代わりにいっしょの布団で寝てるから、へーきっ!!朝起きて、ちかしは俺のこと見るもん!おまえのことなんか、頭っから吹っ飛ぶし」
「ああうん、そんでおはよーのちゅうしたるんよねー、やっちゃん」
軽く言いながら、道返を担ぎ上げた沖津はほてほて歩いていく。
後について歩きながら、俺はきゅっと眉をしかめた。
「し、ないっ!しないっけどっ」
咽喉が痞えて、うまく言葉が出ない。
それでも俺は沖津の背中を睨みつけ、吐き出した。
「ぎゅうって、抱きつくくらいは、したるっっ!!」
その言葉に、沖津は声高く笑った。