ロゼリィ・レッド
「あ、マスター、あとで湿布持ってくね」
「?あとで、ですか?」
リビングから出ようとしたところで掛けられた言葉に、マスターは首を傾げた。
お気に入りのリビングの陽だまりにへちゃんと座ったカイトは、無邪気な笑顔でマスターを見る。
「うん、あとで。だってまだ、ケガしてないでしょ」
「未来の私にいったいなにが?!」
戦慄してつぶやきながら、マスターはリビングを出る。
そうは言っても、なんとなく見当がつく。
久しぶりに帰って来た我が家の、まずいちばんに顔を出すのはリビングだ。
それぞれの部屋はあっても、家族はみんなリビングで過ごす。だから、ここに顔を出せば家にいる家族とは難なく顔を合わせられる。
そこに、『彼女』の姿はなかった。
単に家にいないだけならばいい――が、カイトの、あの笑顔と、あの予言。
「…………やっぱり」
自分の部屋に顔を突っこんで、マスターは微笑んだ。
自分の部屋も自分のベッドもあるというのに、メイコがマスターのベッドに横たわっている。
それも、マスターの枕をぎゅっと抱きしめた格好で。
「……………変わらないのね」
そっと足音を忍ばせて部屋に入り、ベッドサイドに行く。
覗きこんだメイコの顔は枕に埋まってよく見えないものの、熟睡しているようだ。
マスターは微笑んで、乱れた髪を梳いてやった。
仕事が忙しくてマスターと数日会えないと、こうやってベッドに潜りこんで枕を抱いて寝るのは、ずっと変わらないメイコの癖だ。
何度出会って、何度やり直して、何度変わっても――
「だから私は諦めきれないのかしらね」
つぶやいた言葉に合わせるように、メイコが身じろいだ。
呻きながら、体を反す。ぼんやりと開いた瞳が、虚ろに辺りを眺め――
「おはよう、メイコさん?」
「……………………………………」
微笑みとともに投げられた言葉に、メイコは瞳を大きく見開いて固まった。
緊張を孕んだ沈黙が、数秒。
「見たわね………………………………?」
「見ちゃったわね」
おどろおどろしいメイコの問いにあっさり返し、マスターはきゅ、と歯を食いしばった。
寂しいメイコがベッドに潜りこむのもいつものことなら、見られて最高潮に照れたメイコがなんとか誤魔化そうと、エルボードロップを入れてくるのもいつものことだ。
その乱暴な照れ隠しもかわいいと思えてしまう、自分の思考回路も、さっぱり変わることがない。