肩たたき券に、マッサージ券に、お手伝い券。
「……………………なんか、ちがうね」
ぽそりとつぶやいたカイトに、テーブルを挟んで向かいに座ったマスターは、わずかに項垂れた。
「果てしなく違いますよ、カイトさん……………」
カオティック・ウィナー
「そもそもあんた、だれに贈り物しようとしてるのよ?」
リビングにいるときには定位置となっている、一人掛けにソファにふんぞり返ったメイコが、鋭くツッコむ。
「がくぽでしょ?コイビトでしょ?それでなんでその発想になるのよ!!」
テーブルの上に置かれた、昔懐かしの手作りチケットを指して、罵る。
がくぽがこの家に来てから、そろそろ一年になろうとしている。
いろいろあった一年だった。いろいろあって、ただの「家族」から「恋人」に。
お祝いをしようと思い立ったのまでは良かったカイトだが、問題はその中身だった。
「だって……なんか、トクベツなもの、トクベツなものって考えてたら、頭こんがらがっちゃって………わかんなくなっちゃって…………」
「わかんなくなるにも程があるわ」
べそを掻きそうなカイトにも、メイコは容赦しない。
「まあま、メイコさん……」
そんなメイコに苦笑し、マスターはテーブルに置かれたチケットを軽く弾いた。
「これがね………キスし放題券とか、おさわりし放題券とかだったら、まだ……」
「「マスター」」
ぼやくようなつぶやきに、ロイド二人の瞳が尖った。
「あんたっていうひとは、どうしてそういう下h」
「そんなのいつでもどこでもオールオッケーなのに、どうしてわざわざチケットなんかつくるの?!それじゃなんだか、いつもはだめだよって言ってるみたいじゃん!」
「……」
メイコは口を噤んで、じっとりとカイトを見た。
カイトはごく不満げに頬を膨らませて、マスターを睨んでいる。
マスターは高らかに笑った。
「まあ確かに、カイトさんだったら、改めて許可を出す必要もないですよね」
「そーだよ!」
宥めるように言うマスターに、カイトは当然と、力強く頷く。
がくぽが「したくなった」なら、チケットなどなしで、どこでもそこでも、したいだけ、したいようにしてくれていいのだ。
そもそもが、極めて外聞や礼節にうるさい性質だ。「してはいけない」ところで、したいと迫ってくる心配がない。
むしろそういった方面で心配なのは、どうしても欲望のままに突っ走る傾向のある、カイトで。
「…………そうですね。やっぱり、キスし放題券と、おさわりし放題券にしましょうか」
にんまりと笑って言ったマスターに、カイトとメイコは揃って訝しげな顔になった。
「だから、マスター…」
「なに企んでるのよ、あんた?」
メイコが腕をさすりながら訊く。彼女には、果てしなくいやな予感しかしなかった。
ロイド二人の反応に構うことなく、マスターは性質の良くない笑みのまま、テーブルの上のチケットを一枚取る。
ひらひらと振った。
「カイトさん用ですよ」
「俺?」
「カイト?」
瞳を見張って、カイトは自分を指差した。眉をひそめるメイコを見て、マスターへと視線を戻す。
「だから、俺は……」
「違います」
先の主張をもう一度くり返そうとしたカイトに、マスターはチケットを差し出す。
「確かに、渡すのはがくぽさんで、使うのもがくぽさんですけど」
言いながらマスターは、チケットを持ち替えて、文字を逆さまにした。
「つまり、がくぽさんが→カイトさんに『し放題』チケットではなく………」
「あ!!」
「ほんっと、あんたって…………」
カイトはぽん、と手を打ち合わせ、メイコは頭痛を堪えるように額に手をやった。
「俺が→がくぽに『し放題』していいよ、チケット!!」
「YEAH!!」
声高く答えを告げたカイトとマスターが、なぜか頭上で勢いよく手を打ち合わせる。
ぱんぱんと小気味よく響く音に、メイコは呆れた目を向けた。
「それって結局、贈ったカイトの得にしかならないじゃないの。プレゼントとして成り立ってないわよ!」
「そんなことないわ、メイコさん」
腐すメイコに、マスターは人差し指を立てて振る。
「がくぽさんだって、カイトさんに触られたらうれしいもの。ちゃんと二人にお得だわ」
「百枚くらい欲しいな!!」
指折り数えていたカイトが叫ぶ。
「百枚か、二百枚くらい!!」
「カイト……あんたね………」
強欲に叫ぶカイトに、メイコは眉間を揉んだ。
ほんとにこの弟は、欲望を堪えるということを知らない。
マスターも真面目な顔になって、頷いた。
「そうですよ、カイトさん。百枚も二百枚も手書きしたら、時間はかかるし疲れて字はよたってくるし、大変です。いくら私とメイコさんが手伝うと言ったって、限界がありますよ。ここは潔く、パソコン製作に切り替えましょう!」
「…」
メイコはただ、眉間を押さえるだけになった。
カイトは眉をひそめ、首を捻る。
「パソコンかあ………でも俺、あんまり使えないよ」
困ったようなカイトに、マスターは身を乗り出す。
「そんなの、マスターがいくらでも協力します!知り合いにデザイン系に強いのもいますし、どーんと来いですよ!!」
「マスター…!!」
頼もしく請け合うマスターに、カイトはきらきらと瞳を輝かせた。
ぐ、と身を乗り出す。
「じゃあ、じゃあねっ!キスしほーだい券と、おさわりしほーだい券と、」
「あ、カイトさん、だっこし放題券も忘れちゃだめです!!」
「うん、あとねあとねっ」
「……」
列挙していくカイトとマスターに、メイコは眉間を押さえたまま、項垂れた。
この二人がタッグを組むと、ろくなことにならない。
それは、よくよく学習できた。
「カイト!」
「んっ、いたっ!なに、めーちゃん?!」
耳を引っ張られて振り返ったカイトに、メイコは渋面で告げた。
「百枚とか二百枚なんてハンパなこと言ってないで、一年分、365枚ずつつくって贈りなさいよ!」
「!!」
きょとんと瞳を見張ったカイトとマスターは顔を見合わせると、手を打ち合わせて快哉を叫んだ。