カオティック・ルーザー
「おまえとにぃちゃんが出会って、一年だな」
なぜかリビングに正座させられたがくぽの前で、腕を組んで仁王立ちしたレンが、忌々しそうに告げる。
がくぽはわずかに身を引いた。
「貴殿とも、会って一年となるのだが………」
家族との顔合わせは、一度にやったのだ。カイトと出会った日はもれなく、家族全員と出会った日であり、がくぽがこの家族に迎えられた日でもある。
がくぽの主張はもっともだったはずだが。
「そんでなんやかんやとあって、と・う・と・う・コイビトになったな!!」
「……」
聞いてもらえないらしい。
さらっと流されて、そのうえで、びしっと指を突きつけられた。
「まっっったくっ、めでたくなぁあいっっ!!!」
「あー………わかったわかった…………」
がくぽは微妙に諦めて、肩を落とした。
この家において怖いのは、なんといっても姉妹だ。しかしこと、カイトが絡んだときには、レンのことも抜きでは語れない。
難しい年頃の少年であるレンが、唯一堂々と甘えられる相手――どこでもそこでも甘やかしてくれる相手が、おにぃちゃんのカイトなのだ。
カイトに懐くあまりに、その兄が特別視するがくぽのことは未だに、兄と認めないし、甘えてくることもない。
その関係上、レンはこの家においてただひとり、がくぽとカイトの仲を全面的には認めていない存在だった。
男同士で云々、兄弟で云々ではない。
俺のにぃちゃんを独り占めすんなよ!!
――という、主に寂しさと疎外感によって。
そこのところはがくぽも、悪いことをしたと思う。
女きょうだいに苦労しているところに、結束して当たりたい男きょうだい三人のうちの上二人が、くっついてしまったのだ。
末の弟の悲哀は、察して余りある。
ここはいろいろ堪えて、日ごろ溜まりに溜まった鬱憤を晴らさせてやるべきだろう。
兄甲斐のあることを考えて腹を括ったがくぽに、レンは腕を組んだまま、指で激しく拍子を取った。
「が、家族のよしみだ……たとえどんなにめでたくなかろうが、家族には違いない。だからとりあえず、ほんのちょっぴりだが、祝ってやらないでもない」
「レン殿………」
がくぽははっと顔を上げ、相変わらず渋面のままのレンを見た。
レンの普段の態度は、反抗期を通り越してよそよそしい。兄と思う以前に、家族と思われていない節がある。
なのにそんなふうに、きっぱりと「家族」だと告げられる。
がくぽにとっては、それだけで十分だった。
同じ嫌われているのでも、身内と認められているかいないかの差は大きい。
「レン殿、俺はその気持ちだけで……」
「というわけで、選べ!!」
聞いてもらえない。
びし、と指を突きつけられ、がくぽはわずかに仰け反った。
そのがくぽに、レンはあくまでも渋面のまま、突きつけた指を立てた。
「そのいち、おまえが来るまでのにぃちゃん隠し撮り写真特選版五枚セット!そのに、おまえが来てからのにぃちゃん盗撮写真激選版五枚セット!!さあどちらか選べ!!」
「れ………っ」
突きつけられた選択肢に、がくぽは床に手をついた。図らずも土下座状態だ。
なんの選択だ。どういう基準なのだ。
「おらがくぽっ!!選びやがれっ!!」
「…っっ」
懸命に顔を上げて見た弟は、忌々しそうではあっても、ごく真面目だった。
姉妹とは違う。それをネタに、がくぽを弄ぼうとしているのではない――どこまでも、真剣に。
「れ、レン殿……」
「だめだ」
なにを言う前から、レンはきっぱりと断じた。
「両方欲しいってのはナシだ。どっちかだ。こっちだって身を切られてんだぞ。さあ、サムライなら潔くどっちか選びやがれ、このど畜生がっっ!!」
「だ……っ、ど………っ」
突っ走る弟に、もはや言葉は失われた。
がくぽは床に懐きかけて深々と頭を下げ、それから気力を振り絞ると、体を起こした。
「どちらも要らぬ」
「なぬ?」
吐き出されたがくぽの答えに、レンは顔をしかめる。
がくぽはそのレンを、まっすぐに見据えた。
「確かに、俺の知らぬカイトを見たい気持ちも、所有したい気持ちもある。だが、隠し撮りだの盗撮だのと言うからには、それはカイトも与り知らぬ『カイト』なのであろう?そういうものを、カイトに秘して持つことは、あれへの裏切りのような気がする。ゆえに、要らぬ」
きっぱりと言い切るがくぽに、レンは大きな瞳をこぼれんばかりに見張った。
――惜しい気持ちは、どうしてもある。ひと目見てから結論してもいいのではないか、という声も。
咽喉から手が出るほど、という言葉の意味が、しみじみとわかる。
けれど、求めない。
疾しい思いを隠したままに、付き合える器用さはない。どこかで必ず、自責の念に潰されるから。
「強がりだな」
断じたレンに、がくぽはさばさばと笑った。
「だが、押し通す」
躊躇いなく、言い切る。
レンはそっぽを向き、くるりと指を回した。がりがりと後頭部を掻くと、ちらりとがくぽを見る。
その瞳からずいぶんと険が取れ、やわらかくがくぽを映した。
「しゃあねえな………見直してやんよ、てめえのこと」
「ははっ」
言葉の乱暴さは相変わらずでも、態度の軟化はあからさまだ。姉妹に押されてへたれ気味の少年だが、持っている漢気はなかなかのものだった。
うれしそうに笑うがくぽに、反抗期の少年はがりがりと頭を掻いた。
「そこまで言うなら、しょーがねえよ。大盤振る舞いしてやらあ」
「レン殿?」
なんの話だ、と瞳を見張るがくぽに、レンはびし、と指を突きつけた。
「選ばせてやる!!腹ちら超ミニスカセーラー服の美少女コスでの『おにぃちゃん』呼びか、スク水バナナステッキのぬこ耳魔○少年姿での『おにぃちゃん』呼びか、どっちだ!!」
「……っっ」
がくぽは再び床に沈んだ。
なんだこの選択。
どうしてこの選択。
震えて見上げた弟は、どこまでもどうしても真顔だった。
「…………………一年、か………………」
がくぽは掠れ声でつぶやく。
一年して、ようやく見えてくるものもある。おそらくそれは、カイトだとて同じだ。
懸命に見つめて、こころを傾けてきたつもりだけれど、きっと未だに見えていないカイトがいる。見つけていないカイトが、見せてもらっていないカイトが。
少し怖い気もするが、楽しみでもある。
それはきっと、自分を見るカイトも同じはずだ。
まだ見せていない自分、まだ自分でも気がついていない自分――そういったものが、
「おらがくぽっ、さっさと選びやがれっっ!!」
懸命に逃避していたが、もちろん逃げられるはずもない。
がくぽはゆらりと体を起こし、こころを赦したせいでサービスモード200%に嵌まりこんでいる弟を、ひたと見据えた。
「ではレン殿。ねこ耳しっぽ装着のミニスカポリス姿となり『逮○しちゃうぞ☆』のノリとトーンの超ショタヴォイスで『おにぃちゃん、だいすきにゃ☆』と言って甘えて抱きついてくれ」
「んがっっ!!」
架空のストレートパンチを食らったレンが、仰け反る。
これだけ無茶苦茶を言えば、さすがに目を覚ますだろう。
祈るように見守るがくぽを、レンはゆるゆると顔を戻し、恐ろしげに見下ろしてきた。
「お、オトナって、オトナって…………っ」
震撼する声に、がくぽは頷く。
「そうだな。レン殿はいつまでも、清らかな少年天使のままでいてくれ」
そら惚けて言ったがくぽに、レンはぐっと拳を握った。がっと突き上げると、叫ぶ。
「やったらぁっ、ぬこみみしっぽのミニスカポリス!!」
弟のサービスモード200%に、限界はないらしい。