ぴょん、と元気よく階段から跳ね下りたカイトが、そのままの勢いで、天へと拳を突き上げる。

「よっし、がくぽ!!次はね……」

「待て、カイト!!」

がくぽの声は、あからさまに悲鳴だった。いつも凛とした姿勢を崩さない彼には珍しく、微妙に折れ曲がった背筋で、よたよたと階段を降りる。

「あれ?」

笑顔で首を傾げるカイトに、がくぽは額を押さえた。

「加減しろ………!!遊園地とは、斯くもハードな場所なのか…………?!!」

ラウンドラウンドゴウ-01-

たまには家族みんなで遊びに行きましょうと、マスターが言いだしたのが、わずか三日前のことだ。言いだしたところで、こちらにもスケジュールやらなにやらがある。

だが、この家においてマスターが言いだしたことは、絶対に叶えられる。なにしろ、行動力が随一だ。スケジュールもなにもかも、すでに整えられた後だった。

そうやって、カイトとがくぽだけでなく、マスターにメイコ、ミクとリンレンまで揃って、家族全員で出掛けた場所が――遊園地だった。

がくぽにとっては、初めての場所だ。知識としては知っていても、実際に遊んだ経験はない。

それなりに緊張しているがくぽに、マスターはにこにこ笑って、乗り物に一日乗り放題となるパスポートを渡してくれた。遊園地のキャラクターの描かれた、首から下げるタイプの、かわいらしいパスケース入りだ。

気恥ずかしいが、いつもなら「かわいい」にぶうぶう言うレンがなにも言わず、それどころか瞳を輝かせてパスポートを首に下げている。

見回せば、女性だけでなく、いい年をした男性も、愛らしいキャラクターの帽子を被ったり、袋を持っていたりしている。

なるほど、遊園地とはそういう場所なのか――

がくぽが新たな学習をしている隣で、マスターはカイトにもパスポートを渡した。さらに胸に、キャラクターのピンバッジをつける。

「知り合いにつくってもらいました。発信機になってます、カイトさん。私が受信機を持ってますから、どーんと迷子になってください!」

「うん、任せた、マスター!!」

「一寸待て!」

力強い会話を交わす二人に、がくぽはすかさずツッコんだ。

なにを力強く会話しているのか。

「なんだその会話は。迷子は絶対条件なのか?!」

「だよ!!」

「もちろんです!!」

少しも悪びれることなく、自信たっぷりに返されて、がくぽは引きつった。

確かに、カイトは人ごみが苦手だ――が、今日は平日で、まだ朝も早い。

世界的に有名なテーマパークでもないから、そうひとでごった返しているわけでもない。

しかしあくまでも、カイトは自信たっぷりだった。

「俺、絶対はぐれるからね待ち合わせ場所決めてても、辿りつけないし!」

胸を張るカイトに、マスターも当然と頷く。

「ケータイで連絡取り合って落ち合うのも、地味に手間がかかるんですよ。発信機を取り付けて、時間になったらそこから動かないでくださいねっていうのが、いちばんなんです」

「マスターはともかく、カイト、お主のその厭な自信はなんだ?!はぐれるのはともかく、待ち合わせ場所に辿りつけないとは?!」

悲鳴のようになったがくぽの問いに、カイトは自信満々に言い放った。

「だって俺、地図読めない!!」

「……っ」

ロイドだ――旧型であっても。

言葉を失うがくぽを眺め、メイコは傍らではしゃいでいる弟妹へ視線を流した。

「あんたたちは?」

はぐれると言うなら、弟妹たちこそだ。すでに理性が飛びかけの瞳をしている。

姉の問いに、ミクとリンは親指を立てた。

「トップアイドル舐めんな、めーちゃんボクのカンは鋭い!!」

「リンは地図読めるよー!」

つまり、ミクは地図が読めない。しかし、カンですべて乗り切れる、と。

そしてリンは地図が読めるので、落ち合う場所さえ決めておけば、問題ない、と。

一応レンを見ると、弟はわくわくを隠せないまま、反抗期の少年を気取るという、難易度の高い技に挑戦中だった。その微妙な表情で、自信満々に言い切る。

「俺はリンのいる場所なら、どこでも辿りつける」

「あーそう……………」

つまり、地図は読めないらしい。ロイドきょうだい、六人のうち、三人は地図が読めないことが判明した遊園地の始まりだ。

ちなみに、メイコは地図が読める。いや、読めるようになったというほうが正しい。主にマスターのせいで。

きょうだいのやり取りを呆然と聞いていたがくぽは、やにわに真顔になると、カイトの頬を両手で挟んだ。怖いくらいの勢いで、顔を近づける。

「いいか、聞け、カイト」

「ひゃい」

鋭い眼光に見据えられて、カイトはきょどきょどと瞳を瞬かせる。

そのカイトをしっかりと見据え、がくぽは吐き出した。

「俺は遊園地が初めてだ。いいか、『初めて』だ俺を放り出して、はぐれてみよ。俺は今日一日、そこのベンチでひなたぼっこに興じるだけで終わるからな!!」

「……っっ」

勢いは怖いのだが、よくよく吟味すると情けない言葉だ。

カイトは瞳を見張って、真剣ながくぽを見つめた。

そう、がくぽは「初めて」が苦手だ――慎重な性格が災いして、ひとりにしておくと、観察だけに時を費やしてしまう。

カイトやマスターといった、強引にも強引なだれかが引っ張って、背中を叩いて、ようやく初めてのことでも吟味なしに飛びこめる。

そのがくぽをひとりにした場合、確かに今日はベンチでのひなたぼっこに費やされるだろう。せっかくの遊園地だというのに!!

情けないが、悲劇的だ。少なくとも、カイトにとっては。

「…………わかった」

こく、とまじめに頷いたカイトに、がくぽも偉そうに頷く。

あくまで堂々と威勢を誇るがくぽに、見ていたミクがひゅい、と口笛を吹いた。

「おにぃちゃんに対してこんな効果的な脅し、初めて聞いた」

「捨て身だけどね」

「捨て身だな」

リンとレンはあっさりとつぶやく。確かに捨て身だ。吟味すればするほど情けない。

「そうね、コイビトと初めて遊園地に来て、その台詞はないわね………」

メイコもぼそりとつぶやく。

呆れた空気も解さず、マスターが笑顔でロイドたちを振り返った。元気いっぱいに拳を振り上げる。

「さあ、れっつらごうです!!まずはどこに行きましょうか?!!」

くたびれていることの多いマスターにしては、華やかな、女性らしい表情だった。これも遊園地マジックというものか。

応えたミクとリンが、いっしょに拳を突き上げて叫んだ。

「「おばけやしきぃーーーーーーっっ!!!」」

「あ、こら、カイトっっ?!!言った傍からお主というやつはっっ!!!」

「ちょ、マスター?!!どこ行くのあんた、って、手を離し、ちょ、ひとの話を聞けやごるぁ!!!」

ミクとリンが叫んだ瞬間、カイトとマスターはあさってな方向へと、脱兎のごとく逃げ出した。

カイトはがくぽが追い、マスターはそもそも、メイコの手首を掴んでいる。

「ふっふっふっふっふ」

「くっくっくっくっく」

取り残されたミクとリンは、怪しい笑いをこぼした。

「「作戦成功☆」」

にんまりと笑い合い、手を打ち合わせる。

カイトとマスターが、お化け屋敷が嫌いだということは、もちろんよく知っている。カイトにいたっては、入口にすら近づけない。

お化け屋敷に行く、と言いだせば、二人はとりあえず逃げ出す。捕まれば強引に引きずって行かれるとわかっているので、後も見ずに脱兎のごとく。

「これでおにぃちゃんは、がっくんとらっぶらぶ遊園地デート☆」

「そんでマスターもめーちゃんと、今日こそ進め←遊園地デート☆」

ぱん、と打ち合わせた手をがっしり握り合い、姉妹は頷いた。

「ボクたちって、ほんっと気が利いてるよねっっ」

「もう、ほんっと手間の掛かる家族っっwww」

再び怪しく笑い合い、ミクとリンはポシェットからカメラを取り出した。

「今日のボクたちに油断も死角もない」

「充電満タン。どころか、替えの電池も用意。メモリは最大ギガを新しく装備」

「おにぃちゃんには発信機がつけてあるし、はぐれたところで無問題」

「らっぶらぶ初デートなふたりを、見たい放題撮り放題☆」

「「はーっはっはっはっはっはっはーーーーっっっっ」」

腰に手を当て、勝ち誇って笑う、美少女ふたり――

傍らで見守っていたレンは、げっそりとしてそっぽを向いた。

このふたりの、兄に対する出歯亀趣味は、もういい。諦める。認めたくないが、どうしようもない。

だが、ひとつだけいいだろうか――カイトには、確かに発信機が取り付けられた。しかしその発信機に対する受信機を持っているのは、マスターだ。たった今、はぐれた。

受信機のない発信機に、いったいなんの意味があるのだろう――